国家ではなく巨大企業がコントロールできる時代

この変化は、単に戦術の進化として片付けられるものではない。むしろ、国家という存在の構造そのものに影響を及ぼしている。従来、国家は意思決定、軍事行動、インフラという三つの要素を内部に抱え込んでいた。政治が方針を決め、軍がそれを実行し、インフラがその基盤を支える。この三つは同じ枠組みの中で統合されていた。しかしスターリンクの登場によって、この構造の一部が外部化される。すなわち、通信という“実行の前提条件”が、国家の外側に存在するようになったのである。

ここで権力の定義もまた変わる。法律を制定することや軍を動かすこと、領土を支配することは依然として重要であるが、それだけでは十分ではない。どれほどの意思を持っていても、それを実行するための条件が整っていなければ、現実には何も起こらない。通信が維持されるかどうかが、その条件の中核を占めるようになったとき、「つながるかどうかを左右できる能力」が新たな意味での力となる。

この点において、イーロン・マスクの位置づけは極めて特異である。彼は国家の意思決定者ではないし、軍の指揮官でもない。しかし彼が関与するインフラは、国家がどのような行動を取りうるか、その範囲に影響を与える。これはしばしば「拒否権」として語られるが、より正確には実行可能性を規定する力である。どの範囲で通信が利用できるのか、どの用途に適用されるのかという設計の違いが、戦術の選択肢そのものを変えてしまう。

テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)=2023年6月、パリ
写真=ロイター/共同通信社
テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)=2023年6月、パリ

支配でも従属でもない非対称な関係

この構造は不安定であると同時に、避けがたい現実でもある。民間企業は国家に比べて迅速に意思決定を行い、技術を更新し、グローバルに展開する能力を持つ。その結果、国家はそれらの能力を利用せざるを得なくなる。一方で、国家は最終的な主権を保持し、意思決定の責任を負い続ける。この二つの主体の間には、従来の支配や従属とは異なる関係が生まれる。それは単純な依存でも相互関係でもなく、非対称な共存関係と呼ぶべきものである。

第3章では、災害という文脈において通信が社会の前提条件であることを確認した。本章では、その同じ構造が戦争という極限状況においても成立し、さらに国家のあり方そのものに影響を与え始めていることを見てきた。ここまで視点を広げると、スターリンクはもはや通信技術の一つとして語ることはできない。それは、社会と国家の動作を支える条件を変え、その結果として権力の形を静かに書き換えている存在である。

この地点に立つと、次に問うべきことはさらに明確になる。スターリンクは単独でこの変化を生み出しているのか、それとも、より大きな構造の一部として機能しているのか。すなわち、それを生み出したイーロン・マスクの企業群全体の中で、この通信インフラがどのような位置に置かれているのかを見なければならない。