「娘は俺の種ではない」という妄想
ドラマ「魯山人のかまど」に魯山人の妻たちは出てこなかったが、事実をベースにしており、魯山人と3番目の妻(“きよ”)の間に生まれた娘(モデルは和子)は登場した。そのひとり娘が父親の作った陶芸品や収集していた骨董品を盗んで売りさばき、勘当されてしまったというのもドラマで描かれたとおり、事実のようだ。
しかし、複数の証言によると、魯山人は和子をかわいがっていた少女期から一転、妻が他の男に走ったショックからか、「和子は俺の実の娘ではない」(“きよ”が星岡茶寮の幹部と密通してできた子)という根拠のない妄想を、娘本人にも聞こえるように言い出した。
娘の顔は魯山人にそっくりだったというのに……。
和子がグレてしまったのも、これまた無理はないと思える。
その娘をかばってクビになった女中・春子(中村優子)のモデルは、前出の証言をし和子の母親代わりとなった二見梅子であり(『知られざる魯山人』)、魯山人の家へ通う記者・ヨネ子(古川琴音)のモデルは、魯山人の晩年、その口述筆記をしていた作家・阿井景子と思われる。
ドラマに出てきた魯山人は60~70代の姿と思われ、既に最後の(5回目の)結婚と離婚が終了した後だった。
二見梅子や阿井景子から見れば、年齢からいっても当然、自分には手を出してこないおじいちゃんで、ちょっと頑固でワガママな人という印象だったらしい。
「みんな女のほうから出ていってしまう」
しかし結局、人生で5回も結婚しながら、晩年の魯山人には寄り添ってくれる妻も娘もいなかった。それは女性たちにしてきた冷たい仕打ちが返ってきた当然の帰結ともえるだろう。
『真説 北大路魯山人』によると、作家の小島政二郎は魯山人の評伝を書いたとき、面と向かって魯山人に、結婚が長続きしない理由を尋ねたという。
長浜功『真説 北大路魯山人』(新泉社)
小島はまた、妻のひとり(匿名)にも話を聞いている。
「あの人の言い寄りの激しさといったら、大変なものです。あれほど立派な人が、あれほど情熱を込めて私を好いてくれるなら、と、女としてついそう思うじゃありませんか。
(中略)あの人にとっては、女は手に入れるまでが楽しいんで、一度自分のものにしてしまうと、すぐ飽きてしまうんじゃないでしょうか。世の中って、そういう男の人ッて、存外多いんじゃないでしょうか。女なんてあの人から見たら、芸術の肥やしに過ぎないんじゃないでしょうか」
長浜功『真説 北大路魯山人』(新泉社)

