戦前に大油田を掘り当てていたら…
日本の石油会社は、算出された石油を買うだけで、自ら探査して油田開発をした経験が乏しいので、探査・採掘に関する技術力がない。
戦前の石油各社の石油鉱業部門を一元化するために1951(昭和16)年に設立された半官半民の国策会社「帝国石油」(2006年〔平成18〕年に「国際石油開発」と合併して「国際石油開発帝石ホールディングス」に)の関係者に取材したことがあります。
戦前や戦中は中国でも油田の探査・試掘をしたのですが、失敗が多かった。中国東北部黒竜江省の大慶油田は、50年代末に発見された100キロメートル四方に広がる中国屈指の大油田です。戦前、帝石はそこも掘ってみたのですが、深くは掘らなかったためにダメだった、もし当てていたら、日本の運命は変わっていたかもしれないと聞かされたものです。
いつまで「物乞い外交」を続けるのか
中東でもインドネシア周辺でも、すでに採掘されている油田の権利を買うことで、石油を手に入れています。そういう歴史ですから、技術がない。
第一次オイルショック、第二次オイルショックを経験しても、油田の探査・採掘の技術を積み重ねようという方向に、日本は向かわない。「売ってください」と中東諸国に頼んで歩くような「物乞い外交」の発想から抜けられないでいるのが日本です。
一方で1957(昭和32)年にサウジアラビアとクウェートからペルシア湾の海底油田の採掘利権を獲得して設立されたアラビア石油のような例もあります。ただ、あれは幸運だったのです。というのも、あの地域は掘れば、わりと簡単に石油が出てくる。そんな有望鉱区ですから、欧米の巨大石油資本も狙っていたのですが、傑出した行動力を持つ山下太郎さんという実業家がいて、サウジアラビア王族に食い込むことができたためだと思います。


