日中で石油開発という一大プロジェクト
この石油公団が注目されたプロジェクトが、中国と組んだ渤海<ぼっかい>での石油開発でした。1972(昭和47)9月に現職の内閣総理大臣として田中角栄氏が初めて中国の北京を訪問します。人民大会堂で日中首脳会談を行い、日中共同声明に調印し、日中の国交正常化を実現させます。それから日中の協力で進められていたプロジェクトのなかに、渤海での石油開発もありました。
渤海は遼東半島と山東半島によって包まれる中国領の内海です。ここの海底地下に相当量の石油が埋まっているというので、日中共同で掘るプロジェクトが生まれたのです。日中協力を象徴する大プロジェクトだということと、中東からの輸入に依存していた日本にとっては新しい輸入先を確保できる機会だというので、かなり期待を集めたプロジェクトでした。私たち新聞記者の間でも、大変な取材合戦が繰り広げられたものです。
渤海石油開発に関する日中の接触は、1978年6月から7月にかけての第一次石油公団訪中によって始まります。それから2年間で10回にわたる交渉が重ねられ、1980年5月29日に契約の調印が行われ、同年6月9日に契約発効となりました。
日本は「宝の山」を逃してしまった
しかし、結論から言うと、この共同プロジェクトは失敗します。試掘してみたものの油層が細かく分断されており、商業生産には不適だというので、日本は撤退の羽目に陥り、巨額な赤字を出すことになりました。
ところが2007(平成19)年5月3日、中国最大の国営石油会社である中国石油天然気集団公司(CNPC)が、渤海で巨大油田を発見したと発表します。これを聞いて、私も驚きました。日本が失敗したところですからね。
それ以後も、次々に渤海で新しい油田が発見されています。2021(令和3)年10月にも、石油の地質資源量が1億トンを超えるという巨大油田が見つかりました。
要するに、日本がやっていたときは浅いところを掘っていたけれど、もっと深いところを掘ったら巨大油田があったわけです。つまり、日本の技術力が足りなかったということになります。

