「富裕層のさらなる富裕化」は起きていない
「日本では諸外国と異なり“富裕層のさらなる富裕化(≒富の一極集中)”は観測されていない」――直感に反する事実が述べられた記事が日経新聞から出されていた(日本経済新聞「データで見る日本の格差、富裕層の富裕化は観察されず 森口千晶氏」2026年3月24日)。
一橋大学の森口教授らが最新の行政データ(所得税個票)を用いて日本の上位所得シェアの変化を2014年と2019年の2時点で調べた結果、日本の上位1%の富裕層の所得シェアは主要国で最低水準の8~9%程度にとどまって推移していて、社会全体の成長を阻害するような過度な所得の集中は観察されなかったという。つまり日本で「格差の拡大」と呼ばれているものは、上方向の格差の拡大ではなく、下方向の格差の拡大であり、ようするに貧困層の底が抜けてしまっているのである。
これは一見すると違和感を覚える。というのも、この国は高所得層の負担が重く、そのぶん所得再分配の予算も手厚いからだ。ではなぜ再分配が手厚いはずの日本で低所得層のさらなる貧困化が起きているのか? 理由は明白で、この国の再分配は勤労低所得層(=現役世代の低所得層)にリーチするタイプの所得再分配のシステムが現状ほとんどないためだ。
「超富裕層」になれないシステム
日本でいま「再分配」と呼ばれるもののほとんどが社会保障つまり高齢者福祉(医療・介護・年金)を経由する形で行われているため、その再分配の恩恵には世代的な偏りがある。人口ボリュームがきわめて大きい高齢者をターゲットにした再分配が手厚く行われる結果として「再分配後のジニ係数は数値上では改善しながらも、しかし現役世代はますます貧しくなり不可視化される」という奇妙な現象が起こってしまう。作家の橘玲氏はこの状況を「子どもまんなか社会」ならぬ「老人まんなか社会」と痛烈に批判している。
冒頭でも述べたとおり、日本は富裕層がその所得のシェアをほとんど伸ばしていない。それは「格差が小さい国」と表現することもできるが、別の角度から見れば「金持ちがいない(カネを持っている人間もせいぜい小金持ち程度の)貧しい国である」ともいえる。
株で当てたとか事業を売却したとか住んでいたタワマンが爆上がりしたとかで数億の資産を持っている小粒な金持ちは日本にもそこそこいる。だがそれだけだ。諸外国のような超富裕層はほとんどいない。超富裕層の登場は税制によって抑制されていて、きわめて高い法人税や金融所得税や相続税によって、数世代にわたって成長していく資本家は出てこなくなっている。

