金持ちを目指すのが馬鹿らしくなる

日本は諸外国に比べればきわめて格差が小さい国で、それを「いいことだ」と考える人もいるかもしれない。しかし格差が小さく「超富裕層」が現れないからこそ、後続の人びとに投資して新しい価値の創造をブーストすることもできないし、野心やポテンシャルのある人でさえ超富裕層を目指す努力をすること自体が馬鹿馬鹿しいのでやらなくなるか、あるいはやるとしても海外に出てしまってそのまま帰ってこなくなる。

結局のところ日本では、富裕層に対しては現時点ですでにきわめて強い課税が行われている(今後もさらに重くなる)ため世界中で加速しているような「富の一極集中」は起こっておらず、社会経済をけん引するような超富裕層も現れず、さらには勤労現役世代の中~低所得層は「再分配」から捕捉されず、むしろ高齢者福祉のさらなる拡充のために年々その税や保険料の負担が重くなっていて、この層の貧困化が加速しているのだ。

コインスタックの上に立つ人形
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「金持ちに課税」で国民の支持が集まる

金持ちは別に豊かにもなっておらず、「再分配」システムの維持費の支払いによって現役世代がもっと貧しくなっているという現実があるにもかかわらず、オールドメディア各社によって世に発信されているナラティブは「富裕層が富を独占しているせいで格差や貧困が広がっている」というマルクス主義的階級闘争の焼き直しのような世界観だ。

そして国もメディアによって広められ、世間もなんとなく信じている世界観「富裕層が富を独占しているせいで格差や貧困が広がっている。富裕層はけしからん」に便乗している。いまの日本で「格差の拡大」をもたらしている最大の原因である「再分配(≒現役世代から高齢世代への所得移転が中心となっている社会保障制度)」を見て見ぬふりをして、「金持ちにさらなる課税を」と気炎を上げる。そのほうが国民からの支持が集まるからだ。

「富裕層が富を独占しているせいで格差が広がっている!」
「新自由主義によって台頭した金持ちが貧困を生み出した!」

メディアによって「定説」となったこうしたナラティブによってルサンチマンをたぎらせる大衆には、その潜在的ニーズに応えて心をスッキリさせてあげるような政策をサービスしてやるのが最適解となる。「金持ちをギャフンと言わせてやったぞ」と示せば、大衆は「ざまあ!」と喝采かっさいの声を上げてくれる。たとえ自分たちの生活状況はまったく改善していなくてもだ。これこそポピュリズムである。