愛子天皇を待望しているが…
高市首相は、明治維新の基本方針「五箇条の御誓文」の第一条に「万機公論に決すべし(天下の重要事項は、一部の権力者だけで決めるのではなく、広く会議を開き、みんなの意見に基づいて決定すべきだ)」と記されていることを知らないのだろうか。
だが、私はここで立ち止まり、考えてみる。たしかに私も愛子天皇を待望している一人である。
ここで紹介した以外にも、多くの愛子天皇を支持する意見は巷に溢れている。しかし、天皇皇后や愛子さん本人が、将来をどう考えているのかは全く聞こえてこない。それは、次世代の天皇になることを義務付けられた悠仁さんも同じである。
皇室の人間には、政治的な発言はおろか、基本的人権も恋愛、言論の自由もなく、女性差別がいまだに残っている世界だから、当然だというのだろうか。
唯一、愛子さんが成人会見で結婚について聞かれ、
「結婚は私にとってはまだ先のことのように感じられ、今まで意識したことはございません。理想のお相手については、特別これといったものはございませんが、一緒にいてお互いが笑顔になれるような関係が理想的ではないかと考えております」という答えた言葉だけしか、われわれは知らない。
つつましく微笑ましい結婚観ではないか。
青春と将来を奪ってしまう
このようなささやかな結婚さえ許されない立場にありながら、日赤に勤務し、公務をこなす多忙な日々を送っている愛子さんの青春と将来を、高市首相をはじめとする政治家たちは、一度でも真剣に考えたことがあるのだろうか。
天皇は生まれも育ちも皇室の中だから、愛子さんを皇室の外へ出すことなど考えていないかもしれない。だが、雅子皇后にはキャリアウーマンとして青春を謳歌した時代があった。皇太子妃となって皇室に入ってからはいじめに遭い、適応障害にもなり、陰鬱な時期が長くあったため、娘には皇室の外へ出て、自由に羽ばたいてもらいたいと考えているのかもしれない。
これまで皇室の女性が皇籍を離脱する手段は、民間人と結婚する道しかなかった。
だが、今回、皇室典範が改正されれば、結婚後も皇室に縛られることになる。
われわれ国民も、天皇になることが愛子さんの幸せなのか、天皇になれなくてもこのまま皇室に縛られ、一生公務をこなすことが彼女の幸せな人生なのか、考える時期に来ていると思う。
御厨東大名誉教授は先の朝日新聞の記事において、「僕は天皇、皇后両陛下は、皇室の今後について、国民にゆだねようとされていると感じました。父親である上皇さまが生前退位という問題を国民の意思に委ねたように」と語っている。
高市政権が数を頼んで押し切っていい問題ではない。皇室の今後の在り方や、愛子天皇実現の可否を、国民投票を実施して、国民の総意を問うべきだと、私は思う。

