“謎の信仰”が広がり、“祭り”を始める地域も…

『栃木郷土史』によれば、この町田大備はかなり先進的な人で、コレラだけでなく赤痢などにも炭素が有効ということで、投薬を進めていたという。それならば科学的なのだが、これが「まず土蔵の東側の壁を……」となったのは、どういうことか?

実は、当時の栃木の人々の医学的な知識は「土蔵の壁を飲め」が十分なものだった。なにしろ、隔離施設への収容は「生き肝を抜かれる」と流言が飛び交い、門口に「あかんべい十六文」と書いて貼れば感染しないという謎の信仰も始まった。

ついには、神輿を担ぎ出してコレラ祭りを始める地域もあったという。これなら「炭素というものが〜」というより「土蔵の壁を飲め」のほうが話が通じそうだ(栃木県史編さん委員会『栃木県史 通史編 6(近現代 1)』栃木県1982年)。

ともあれ、ドラマでは父・信右衛門(北村一輝)もコレラに倒れた。美津(水野美紀)と安(早坂美海)は東京から栃木に戻ってこようとするが、村が封鎖されてしまい、家に帰ることができない様子が描かれているわけだが、その間、人々は「それ、土蔵の壁を‼」とやっていたのかと思うとなかなか感慨深い。

コレラの恐怖が「近代看護」を必要とさせた

ところで、このドラマは「看護師の物語」である。コレラと壁土の話をしておいて、なんの脈絡があるのか、と思われるかもしれない。

大ありである。

壁土で治していた時代に、近代看護は存在しなかった。訓練を受けた看護師もいなかった。医療の知識を持った女性が、患者のそばに付き添って、体系的なケアをするという概念自体が、日本にはまだなかった。

りんたちが目指す「トレインドナース」とは、その時代に「訓練された知識と技術で患者を看る」という、当時としては革命的な仕事である。

コレラという圧倒的な恐怖が、近代看護を必要とさせた。疫病が、看護を専門職にした。

ドラマ第一週のコレラ騒動は、単なる時代背景ではない。りんたちが「なぜ看護師を目指すのか」という動機の、原点といえるだろう。

だがコレラが変えたのは、看護だけではなかった。現代の私たちが毎日使っている水道である。蛇口をひねれば、水が出る……これを当たり前にしたのも、コレラだったのだ。