※本稿は、大山祐亮『勉強が止まらない! 外国語を独学で極める技術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。
AIで翻訳できるのに、なぜ○○語を勉強?
21世紀は国際化・情報化の時代です。特に近年はAIが社会のあらゆる分野に影響を及ぼし始めています。語学も例外ではありません。近年は機械学習に基づく自動翻訳ソフトが登場し話題となっています。全く知らない言語であっても、文章をコピーして翻訳アプリやChatGPTのようなAIに尋ねれば、それなりに正確な翻訳が返ってくるような時代になりました。
そのため、街中で見かける外国語の文章や、店員さんなどが話す外国語を直接翻訳ソフトにかけて、手軽に翻訳を利用することが可能となっています。実際、翻訳アプリだけを頼りにして海外旅行を楽しむような猛者も登場してきています。
今や英語すら身につけることなく海外旅行ができる時代となりました。「語学なんて勉強しなくても、そのうち機械が翻訳してくれるようになる時代が来るから大丈夫だろう」という雰囲気を感じるどころか、実際にそんな時代が到来しつつあるとさえ思えてきます。
そんな時代に敢えて語学を勉強するというのは、時代の流れに逆行しているようにも思えます。「そのうち全部AIが翻訳できるようになるのになんで語学なんか?」という疑問が浮かんでくるのも無理からぬことだと思います。「AIによって暮らしは便利になるはず。面倒な外国語の勉強もそのうち不要となるんじゃないか」と。
英語すら今後の行方が読めないわけですから、英語以外の言語を趣味として勉強している私のような人間には、「○○語なんて勉強して何するの?」という言葉が頻繁に飛んできます。「なんで○○語? もうちょっと使える言語にしたら?」とか、「そんなものをやってお金になるの?」といった言葉を耳にすることも頻繁にあります。「英語もできないくせに○○語なんて何の役に立つの?」と言われる人もいるようです。
AIが全てを代替できるわけではない
この「なぜ今時語学を勉強するのか」という問いに対しては、何種類かの返答が思い浮かびます。実用的な利点もあれば、実用性以外の利点もあります。その中でも、まずはこのAIの時代に語学を勉強することの意味について考えていきましょう。
確かに、AIの翻訳能力の進歩には凄まじいものがあります。一昔前には大喜利かと思わせるような誤訳を連発していた機械翻訳も、今では自然な訳文をすらすらと並べられるようになってきました。将来的にはさらに精度が上がるであろうことも容易に予想がつきます。
しかしながら、国際的なコミュニケーションの全てをAIによって代替することができるのかと問われると、私は疑問の余地があると思います。
確かにAIは言葉の壁を壊すことが可能となりつつありますが、見方を変えれば言葉の壁しか壊せないとも言えます。
コミュニケーションにおいては、言葉(言語)だけでなく、声色・表情・身振り手振り・周囲の状況といった要素(言語外情報)も重要になります。インターネット上で文字をやりとりする時と実際に会って会話する時で相手の印象が大きく変わるということも往々にしてあります。

