「より国民に近づける」新しい試みを続けてほしい

ちなみに「全国豊かな海づくり大会」以外の「四大行幸啓」である「国民スポーツ大会」「全国植樹祭」「国民文化祭」は、いずれも、もともと式典の舞台上に日の丸はなく、観客席後方などの遠い場所に配置されているため、振り返る必然性がなく、天皇の「日の丸振り仰ぎ」が継続されるのかどうか確認するすべにはならなかった。

ただ、2024(令和6)年の岐阜市での「国民文化祭」の写真を見ると、壇上の徳仁天皇夫妻は体を横に向けるようにして日の丸のある方を見ている。会場の参加者も同じ方向を見ていて、国民と同じ姿勢を取っているのが分かる。

大木賢一『「平成の天皇家」と「令和の天皇家」』(講談社)
大木賢一『「平成の天皇家」と「令和の天皇家」』(講談社)

もっとも、こういったレイアウトが出現した際に、明仁天皇夫妻がどういう態度を取っていたのかまでは調べられていない。会場の人々が横を向いて日の丸を見ながら君が代を歌っているのに、壇上の夫妻だけがそれを無視するかのように正面を向いたままだったのかと言われると、それはそれで不自然なようにも思える。

いずれにせよ、徳仁天皇夫妻が一瞬だけ見せた令和の象徴的な変化は、明仁天皇夫妻が培った国家との関係性を覆し、「天皇を国家と分離して、より国民に近づける」新しい試みだった可能性がある。それが、一度だけで姿を消してしまったことは残念である。

夫妻の胸に、自分たちならではの国家との向き合い方があるのならば、これからも堂々と示してほしいと思う。

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