天皇夫婦が国歌斉唱で見せた“異例の所作”

即位から間もなかった2019(令和元)年9月のことであり、私は「これこそが、新時代の到来を象徴する出来事ではないか」と興奮したことを覚えている。

その出来事は、秋田市で行われた「全国豊かな海づくり大会」の式典会場で起きた。舞台上のロイヤル席に徳仁天皇夫妻が並んで座り、その背後の壁面の高い位置に日の丸が掲げられていた。この式典では毎年恒例のレイアウトだった。

「国歌斉唱。ご起立願います」とのアナウンスが会場に流れ、会場を埋めた参加者が一斉に立ち上がった。異変はこの時起きた。立ち上がった徳仁天皇夫妻が、示し合わせたようにくるりと後ろを向いて背中を見せたのだ。現地でこの様子を見ていた私は、それまで明仁天皇夫妻が毎年この行事に臨席した際に見せていた姿勢と正反対であることに気が付いた。

帰京してから平成時代の「全国豊かな海づくり大会」の写真を調べてみたが、確認できた限りでは、明仁天皇夫妻は、国歌斉唱の際は正面を向いたままであり、後ろを向いて日の丸を見上げるような動作はなかった。むしろ、日の丸を背負って国民と正面から向き合い、国民の歌う君が代を全身で受け止めるような姿勢で立っていた。

対する徳仁天皇夫妻は、向きを変えて国民と同じ姿勢を取り、一緒に日の丸を見上げて君が代を聴いた。天皇と同じく国家の象徴である日の丸に対し、国民とともに敬意を表しているように見えた。

2008年6月18日、ブラジルを訪問した徳仁親王
2008年6月18日、ブラジルを訪問した徳仁親王(写真=Agência Brasil/CC-BY-3.0-BR/Wikimedia Commons

日の丸を自分と“同一化”する上皇

考えてみると、明仁天皇夫妻は、ここでもやはり「自分は国家と一体である」という立場を貫いていたのであろう。

君が代の歌詞をどう解釈するかについては意見が分かれるが、1999(平成11)年の国旗・国歌法制定の際、政府は「『君』は日本国および日本国民統合の象徴である天皇」を指し、「歌詞は(天皇を象徴とする)わが国の末永い繁栄と平和を祈念したもの」である、との見解を示している。

君が代の「君」が天皇を指している以上、国民が歌うその歌を、天皇自身は正面を向いて受けとめなければならない――。国家と自分を一体化する明仁天皇夫妻はそのような判断の上に立っていたのだろうと思う。

また、天皇と同じく「日本国」を象徴する「記号」である日の丸は、自分と同格の存在であり、天皇が見上げるべきものではない、との自覚もあったのかもしれない。

2人の天皇の、この姿勢の違いは、ささいなことに見えるかもしれないが、国と天皇との関係性を規定しかねないきわめて重大な変化だと思う。