精神疾患のリスクがわかってしまう

一部のがんが遺伝することは知られていたが、その詳細はわからなかった。そこで、がんに罹患した患者と、そうでないひとを集めてゲノムを解析し、がんが発症しやすいゲノムのパターンを調べる研究が始まった。

これがポリジェニックスコアで、どの遺伝子の変異ががんを引き起こすかはわからないとしても、そのスコアが高いと発症リスクが高まるため、病気の予防に役立つ。親族にがん患者がいても、自分のスコアが低ければ過度に心配する必要はない。身体的・心理的に負荷の大きな検査は、ポリジェニックスコアのリスクが高いひとにだけ実施すればよくなるだろう。

ここまでは多くのひとが「科学の進歩」を受け入れると思うが、議論を招くのは、GWASのこの効果が特定の疾患だけでなく、ひとのすべての領域に適用できることだ。

統合失調症や双極性障害、重度のうつ病は自閉症と並んで遺伝率が高いことがわかっており、同様の方法でポリジェニックスコアを出すことができる。

これらの精神疾患は、現時点では確たる治療法がなく(そもそも病気の原因すらわかっておらず)、発症リスクを調べて本人に伝えることにどのような利益があるか判然としない(知りたくないひともいるだろう)。

子どもが大学に行くかどうかを予想できる

そればかりか、GWASの応用範囲はさらに広く、世帯年収や親の学歴・職業などの情報がいっさいなくても、子どもが大学に行くかどうかをポリジェニックスコアだけで予想できる。ポリジェニックスコアで上位10%の子どもの75%が大学に進学するのに対し、下位10%の子どもは25%しか進学しないのだ。

なぜこんなことができるのか疑問に思うかもしれないが、理屈はがんのポリジェニックスコアと同じで、大学卒業者と高卒や高校中退の被験者をたくさん集めて、GWASで解析するだけだ。さらに同様の方法で、将来、犯罪者として刑務所に入りそうかどうかもわかる。

病気だけでなく、知能指数やテストの成績、学歴、犯罪歴、将来の収入や社会的地位など、客観的なデータがあるものなら、理論上は、どれもポリジェニックスコアをつくることができるのだ。――ただしこれは魔法の類ではなく、現時点での予測力はそれほど高くない。だが今後、データが増えていくにつれて予測能力は着実に上がっていく。

給料のクローズアップ
写真=iStock.com/Yusuke Ide
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さらなる議論を呼ぶのは、受精卵でも同じことが可能になったからだ。不妊治療で複数の受精卵をつくり、そのうちの1つだけを子宮に着床させるとしたら、GWASのポリジェニックスコアで、身体的・精神的な病気のリスクが低く、認知能力のスコアが高いものを選ぼうと思わないだろうか。これは一種の優生学だが、国家が強要するのではなく親が自由意思で行なうため「優生学2.0(Eugenics2.0)」と呼ばれている。そしてアメリカでは、すでにこうした「デザイナーズベイビー」が誕生している。