自閉症の原因は母親ではない

ここまで読んで、あなたは「とんでもないことだ」と思うかもしれない。「そんな恐ろしい科学があるのなら、それをどう扱うかみんなで議論すべきだ」

ところで、あなたはなぜこのことを知らなかったのだろうか。それは日本の社会に(アカデミズムのなかにすら)、知能や性格の遺伝について論じてはならないという「暗黙の抑圧」があるからだ。そのため、いまもGWASについて民主的に議論する場がどこにもない。これがこの問題の本質なのだ。

「リベラル」なひとたちは、「学校の成績や社会的・経済的な成功が遺伝で決まるなど不愉快だ」という理由で、遺伝の影響を否定し、子どもの将来は環境のみによって決まると論じてきた。だがこれが正しいとすると、自閉症や統合失調症、同性愛はどうなるのか?

これらはいずれも遺伝の影響が大きいことがわかっているが、「リベラル」はそれを認めないのだから、その原因は子育て、とりわけ母親の養育態度になるほかはない。こうして、子どもに対して冷たく接する“冷蔵庫マザー”が自閉症の原因だとして、母親がいわれなき非難を浴び、苦しむことになった。

「努力すれば成功できる」のウソ

幸いなことに現在ではこうした理不尽な誤解(というか差別)はほぼなくなったが、そのかわり「政治的に正しい遺伝」と「許されない遺伝」に分けられた。自閉症や同性愛は先天的なもので子育てや本人の意思は関係ない(これは正しい)が、知能や学力に遺伝が影響することはなく、教育や努力によっていくらでも発達させられるというのだ(これは間違い)。

子育てで子どもの将来が決まるなら、子どもの不幸の原因は“毒親”(とりわけ母親)になる。努力すれば成功できるのなら、人生がうまくいかないのは(努力しない)自己責任になるだろう。この非科学的な信念が社会を混乱させているのだが、それがいつまでたっても改まらないのは、教育学や発達心理学などの「人文系」の学問が「遺伝の影響を無視する」という似非科学を土台として成り立っているからだ。

机の上にうつ伏せになる少年を両親が励ます
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さまざまな注釈をとりあえず脇に置いて簡潔にまとめるなら、『こころは遺伝する』でプロミンは、親(子育て)や学校(教育)のような共有環境は子どもの成長にほとんど影響を与えず、人生のそのときどきの体験(非共有環境)が影響するのはたしかだが、それはランダムなノイズのようなものでコントロールできないとする。

「わたし(自分らしさ)」は、遺伝的な特性と、それに合わせて自ら環境を構築していく(環境も遺伝する)ことでつくられていく。親にできるのは、子どもが遺伝的な才能を開花させるのを愛情をもって見守ることだけだというのだ。