誰も中国語ガイドをやりたがらない
もっとも、ロシア政府もこの状況を座視しているわけではない。2025年3月、ガイドと通訳の業務をロシア国民に限定する法改正が施行された。
国家院(下院)観光委員会のアッラ・サラエワ議員は、観光客が増えれば税収は伸び、インフラ整備にもつながると期待を語る。だが、現場にその兆しはない。ビザ免除で増えた個人旅行者をどう取り込むか、業界はいまだ手探りを続けている。
さらには、肝心の法改正がそもそも機能していない。メデューザによると、罰則規定がなく、ガイド行為か友人の同行かの線引きも難しいため、無資格の中国人ガイドが依然横行している模様だ。
業界からは罰則の導入を求める声が上がるが、規制を厳しくしたところでガイド業の受け皿がない。モスクワ全体で中国語を話せる認定ガイドは、10人に満たない。語学力のある人材であれば、日当2万ルーブル(約3万円)というガイド職には見向きもせず、6万〜7万ルーブル(約9万〜10万5千円)を稼げる物流や翻訳の仕事に流れているためだ。
ミスマッチは今に始まったことではない。カーネギー国際平和基金は、2018年の時点ですでにこう指摘していた。ロシア政府は極東の経済特区で中国人誘致を重点目標に掲げ、「チャイナ・フレンドリー」認定制度を推進しているが、恩恵の大半は中国側の旅行会社に吸い上げられている、と。8年後の今、待望の中国客が日本の代わりに流れ込むようになったロシアで、状況は何ひとつ変わっていない。
中国客は命を落とし、ロシアは平穏を失った
冒頭に挙げた2月20日の悲劇の、わずか3週間前。同じバイカル湖に浮かぶオリホン島付近の未開通の氷道で、別の事故が起きていた。中国人観光客を乗せた車両が転覆している。
チャイナ・デイリーによると、1月28日のその事故でも中国人が死傷した。1カ月足らずのあいだに、同じ場所で2件。島の北側ルートには1日数十台が押し寄せ、事故が相次いでも車列が途切れることはなかった。
その車列が、3月になってようやく消えた。事故を受けて安全柵が強化されたためではない。バイカル湖に浮かぶオリホン島自体が、外界から遮断されたのだ。
オリホン島と本土を結ぶ唯一の陸路は、冬季に湖面が凍結してできる氷の道路だ。だが異常な暖冬で氷が十分な厚さに達せず、公式の氷道が開通できないまま、車両の通行が全面的に禁止された。非公式に島に渡っていた観光客は、帰る手段を失った。
モスクワ・タイムズによると、島に足止めされた観光客は3000人を超え、うち約250人が外国人だったという。イルクーツク州のイーゴリ・コブゼフ知事は食料と医薬品の備蓄は確保されていると述べたが、「ブルーアイス」を見に来た観光客が、氷の孤島に閉じ込められた。
ビザ免除の形だけの「友好」に惹かれ、日本からロシアへと旅先を変更する中国客は少なくない。だが、危険な非公認ツアーや土産店での洗脳まがいのぼったくりが横行し、当のロシア側も団体客のマナーに頭を抱えている。
バイカル湖に沈んだ命やロシアで乱される治安を鑑みるに、双方が損を被っているのは明らかだ。習近平政権が旗を振る日本離れの政策は、どちらの側にも好ましく働いていない。


