「野蛮な敵」「卑怯者」のイメージ
作家のトム・エンゲルハート氏は『勝利文化の終焉』(The End of Victory Culture)という本で、17世紀以来約250年にわたり白人植民者がアメリカ先住民と戦闘を続けた際、「野蛮な戦いを仕掛けてくる非白人の敵」を打ち負かすことを白人の使命のように見なす物語が作られ、アメリカ人の意識の中に深く根を下ろした、と指摘する。
そしてこの「野蛮な非白人の敵」の姿が、真珠湾攻撃を行った日本人とまさにぴったり重なった、とエンゲルハート氏は見ている。そうだとしたら、それはアメリカのレイシズム(人種差別)の発現でもあるが、パールハーバーはかなりよろしくない形で、アメリカ人の深層心理に食い込んでいることになる。
アメリカでは広島・長崎での原爆使用とパールハーバーはよく対置され、「日本人はパールハーバー(という卑怯な行為)をしたのだから」と言い訳のように使われることがあるが、通常兵器による軍事基地攻撃と、大量殺戮兵器である原爆による密集した市街地攻撃を同等に扱うこと自体がおかしい。
エンゲルハート氏の本は1990年の湾岸戦争から数年後の1995年に出版された。冷戦に勝利し、世界一強になったとアメリカ人が実感していた時だ。ところが、それからさらに数年後の2001年、アメリカで9.11同時多発テロが起きた。直後からアメリカ人が、テレビや集会でパールハーバーを連呼するのを、当時アメリカに留学していた私は目の当たりにすることになった。「パールハーバーの時は、アメリカが反撃するまでこれだけ日数がかかったが、今回はどれぐらいで反撃できるか」などと、紅潮した顔で話す白人男性を何度か目にした。何の躊躇もなく、戦前の日本とテロ犯人をひとくくりにして語っていた。
戦後のアメリカが抱えるジレンマ
しかし、エンゲルハート氏の考えの一番のポイントは、そうした「野蛮な非白人の敵」との“正義の”戦いに勝って支配する、というアメリカの「勝利文化」が、実は戦後になって「終焉」してしまった、ということだ。自らがもたらした核兵器が登場して他国も所有するようになり、決して使ってはならない武器であるため、核を用いて勝つことはできなくなってしまった、という大きなジレンマがある。
このため「非白人の敵」を倒すつもりで侵攻したが、もはやアメリカはベトナムで勝てず、イラクやアフガニスタンでも泥沼化した戦争に苦しむことになった。しかし自分たちは世界一のはずで、その力を見せつけたい。本当は何でもできる。奇襲だってできる……。トランプ氏のパールハーバー発言の裏には、アメリカの伝統的な「勝利文化」に強く影響を受けた結果の、そうした「混乱した万能感」があるのではないか。その一方でイラン攻撃は、対外関与を減らし自国を優先する「アメリカ・ファースト」とは矛盾しており、混乱に拍車がかかっている。


