ある日突然、古びた日本人形が届いた

係官は興味深く聞いていた。私たちはつぎの機会までに戸籍謄本を提出することを約束した。私も川喜多さんも、リューバがいずれ北京の両親から受けとってきてくれるものと期待をつないでいたのだった。

けれど、リューバはなかなか姿を現わさなかった。

北京へ出張する機会がなかったのかもしれない。あるいは北京の実家には戸籍謄本がなかったのか――。やきもきしているところへ、意外な贈り物が届いた。

いつも玄関の脇に見張り番で立っている若い兵士がある日「使いの人が持ってきた」と、小さな長方形の木箱を差しだした。いったんほどいて中を点検したとみえ、新聞紙とハトロン紙と細ひもが添えてあった。

このころには、若い兵士は、私たちにすっかり打ちとけていた。彼は大学生で、在学中に入隊し参戦したが、「戦争はもう終わったのだから早く教室に帰りたい」などと語ることがあった。文学部で中国の古典を研究していたという。漢詩を作るのが好きで、私のために色紙に詩を書いてくれたこともある。

彼がとりついだ木箱の蓋を開けたとたん、私は思わず声をあげた。木箱の中身は古びた小さな日本人形・藤娘だった。これは幼いころ母が日本から私のために買いもとめてくれたもので、撫順、奉天、北京と、どこへ引っ越しても私の部屋のタンスの上に飾っておいた懐かしい人形である。

帯の中に細長くたたまれた戸籍謄本

「北京にいる母が届けてくれたのだわ。私の大好きな人形なのよ」と説明すると、兵士は「よかったですね」とそれ以上あらためずに引き退がっていった。

眼の前が明るくなった。なつかしいお人形が届いたことはうれしい――が、そんなセンチメンタルな気持よりも、この藤娘は誰がどうやって持ってきたのだろうと考えたとき、「リューバだ!」と思いあたった。

けれど川喜多さんたちと中をあらためてみたが、手紙らしいものは入っていない。菅笠すげがざ、振袖の中にも見当たらない。母は私を慰めるためだけに送ってくれたのか――しげしげと見つめると帯の一部にどことなく不自然なほころびの跡があった。

帯を解いていくと、その布地の内側に、薄い紙切れが、細長くたたんで縫いこまれてあった。震える手で広げていくと、それは、しみのにじんだ半紙、山口家の戸籍謄本だった。

「右に相違なきことを証明す」――この書類が、私の存在を証明してくれるのだ。