八雲が歓迎した“変人”、高木令太郎

そんな八雲の家に何度もやってきていた親戚が、高木令太郎(苓太郎とも)という縁者であった。松江時代に女中をしていた八百の父親である。

この人物こそ、八雲が無条件に歓迎する奇人変人の類いであった。なにしろ、日本全国を徒歩で巡り歩いていて、その途中に八雲を訪ねてくる。風貌は髪と髭がぼうぼうで、仙人そのもの。普段は無口で、数日でも黙って天井を眺めているほどである。傷んだ衣服を見かねて新しい物を与えても喜ばず、美食を用意しても喜ばない。それでいて、口を開けば丁寧という人物であった。

おまけに易の心得があり、これがまた恐ろしいほど的中した。松江に八雲が滞在していた時も、「ここには長くいないだろう、南の方へ行く」と言ったら、その通りになった。

そして、長らく滞在しておいて、出ていく時がまた独特である。一雄はこんなふうに記している。

高木さんは予告もなしにいつも突然「永らくお邪魔すますた」というと足元から鳥が立つようにプイと当もない旅へ飛び出す人でした。高木さんは飄然と来り飄然と去る、子供心にも名残り惜しい人でした。

(小泉節子、小泉一雄『小泉八雲』恒文社、1976年)

こんな奇怪な人物なら、八雲が歓迎しないはずがない。異国から来た作家と、日本を流れ歩く仙人。どこかで通じるものを、八雲は感じていたのかもしれない。

東京生活は“もっとも豊かな時期”

来る者は選ぶ、しかし選んだ者は心から迎える。偏屈に書斎へ籠もって原稿だけを書いていたわけでは、決してない。居候の肩を持ち、仙人のような旅人を歓待し、セツやトミの困惑をよそに一家の主人として構える。それが東京時代の八雲であった。

松江で出会い、熊本・神戸・東京と転々としながら、二人はこの時代にようやく「夫婦」として完成したといえるだろう。セツが八雲を支え、八雲がセツの一族を受け入れ、子供たちが育っていく。それは、外国人作家と日本人女性という奇妙な組み合わせが、ひとつの家族になっていく物語でもあった。

「ばけばけ」が東京編をもう少し丁寧に描いてくれていたら……そう思うのは、この時代の二人がもっとも豊かだったからにほかならない。

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