日本のエネルギー政策はどうするべきなのか。ドイツ在住作家の川口マーン惠美さんは「脱原発へと舵を切ったドイツが今直面しているのは、産業の衰退と、電気代の高騰だ。エネルギー危機を背景にEUが原発回帰を表明するなか、ドイツだけが取り残されている」という――。

報道に感じた“ひっかかり”

福島第一の事故から15年が経った。

夜8時の第1公共放送のニュースは、壮絶な津波の映像と、その日に催された追悼行事の様子を流していた。

2011年3月の陸前高田市
写真=iStock.com/RyuSeungil
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福島でこの日に起こったのは、「地震」、「津波」、「原発事故による複数のメルトダウン」という「三重のカタストロフ」だったとアナウンサーは言った。

そのあと、「放射能汚染」という言葉と共に、当時のままに放置されて廃墟のようになった住宅や、見渡す限り並んでいる汚染土の黒袋といった陰鬱な映像が流れ、見ている私までが悲しくなった。

袋の横で作業している人たちの姿は力無く、福島には二度と笑いは戻ってこないかのような悄然とした雰囲気が漂っていた。このニュースを見た人の心には、15年経ってもこうなのだから、やっぱり原発は怖い……という感情が強く残るだろうと思った。

一方、アナウンサーが冒頭に、「このカタストロフでは約2万人が死亡」、「その多くは高さ数メートルにも及ぶ津波の犠牲者であった」と言っていたのが、心に引っかかった。

というのも、何も知らない視聴者がこれを聞けば、1〜2割は放射能による犠牲者だと勘違いするのではないかと思ったからだ。

蛇足ながら、独立系のニュースが福島の事故を取り上げる時は、「放射能による死者は確認されていない」という日本と国際機関の発表をちゃんと付け加えることが多い。

この種の“うっかり”は過去にも…

奇しくもその翌日、バイエルン放送(第1公共放送の連盟局の1つ)が、前日の福島の報道について訂正を出したという話を読んだ。津波の犠牲者を、放射能による犠牲者と誤解する表現であったからだという。

ただ、この種の“間違い”は初めてではない。

たとえば、福島の原発事故の数日後に、バーデン=ヴュルテンベルクというCDU(キリスト教民主同盟)の牙城で州議会選挙があり、反原発を掲げる緑の党が唐突に政権を奪取するというハプニングが起こった。

そして、この選挙の直前、ある緑の党の政治家は盛んに、犠牲者のほとんどが放射能によるものであると誤解させるようなツイートをしていたのだ。

それが原因で同州の政権交代が起こったとは言わないが、バイエルン放送の件も、私の脳裏には、これは本当にうっかりしただけだったのだろうかという疑問が湧いたことは事実だ。