経験した人にしかわからない痛み

そもそも、なぜこれほどまでに私たちは尿管結石を恐れるのでしょうか。それは、この病気がもたらす痛みが、人間の想像力を絶するレベルだからです。

経験したことがない方には想像しにくいかもしれませんが、その痛みは、ある日突然、脇腹から背中にかけて鋭利な刃物で抉られるような、あるいは内臓を雑巾のようにギリギリと絞り上げられるような感覚で襲ってきます。七転八倒し、脂汗を流して床をのたうち回る。痛み止めが効かず、血尿を伴うことも珍しくありません。

救急車で運ばれる患者さんの多くが、人生で初めて本気で「死」を意識するといいます。

「がんが転移したのではないか」
「このまま内臓が破裂して死ぬのではないか」

そんな底なしの不安に引きずり込まれるのです。

しかし、これほど医学が進歩した現代においても、病院でできることは驚くほど限られています。救急外来に担ぎ込まれても、まずは鎮痛剤の点滴で嵐が過ぎるのを待つしかありません。そして、医師からは決まってこう告げられます。

「水分を1日2リットル以上摂ってください」
「ジャンプや縄跳びをして、物理的に石を落としてください」

21世紀の高度医療において、基本戦略が「水とジャンプ」であるという事実に、多くの患者は戸惑いを隠せません。仕事のスケジュールは破壊され、重要な会議も出張もすべてキャンセル。一度発作が起きれば、社会生活は完全にストップします。結石は単なる病気ではなく、生活とキャリアを根底から脅かす「物理的なリスク」なのです。

近年の食生活の変化により、結石患者は増加傾向にあります。そして驚くべきことに、それは「一部の不摂生な美食家」だけの病気ではなくなっています。むしろ、私のように「健康に気を使い、数値を管理している層」にこそ、巧妙な罠が仕掛けられているのです。

「石の扱い」には慣れていたつもりだった

私がこれほどまでに再発を恐れるのには、切実な理由があります。4年前、文字通り「命の危機」に直面したからです。

40代以降、私は尿管結石の自然排出を8回ほど経験してきました。いわば「石の扱い」には慣れていたつもりでした。しかし、4年前の冬は明らかに違いました。数週間にわたって重苦しい痛みが続き、ある夜、突然「尿が出なくなる」という異常事態に陥ったのです。

尿意はあるのに、一滴も出ない。下腹部がパンパンに張り、体の中に水が行き場を失っているような不安感。下腹部というより、体の奥から圧迫されるような違和感が広がりました。今思えば、膀胱が張っていたのではなく、両側の尿管が塞がり、腎臓で作られた尿が行き場を失っていたのです。

親しい泌尿器科医に電話すると、「明朝一番に救急車を呼んで、救急搬送されてください」と緊迫した指示が飛びました。

急行する救急車
写真=iStock.com/Jamie
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