元KGBの男性がこぼした重たい一言
南オセチア共和国・アラニア国(ツヒンヴァリ地域)はジョージア北部に位置するオセット人の居住地域だ。ジョージアから事実上独立している未承認国家として存在している。こんな場所に行くとは正直自分でも思ってもいなかった、好奇心は海も空も憶いも全てを超える。
南オセチアでドライバー兼ガイドを務めてくれた屈強な男性が残した言葉で、忘れられないものがある。
南オセチアの旅を終え、ウラジカフカスに残るソビエト時代に建設されたホテルに私を送り届けてくれた時だった。ロビーに飾られた南北オセチアの地図を見ながら彼は言った。
「オセチアは二つで一つの国さ。南北に分かれているってだけでさ」
彼は元軍人であり、元警察官であり、元KGBだった。
「生まれてから30年間、俺には戦争しかなかった。でも、今は自分の人生を生きている、一度きりしかない自分の人生を」
ドライバーを外まで見送り、車が見えなくなるまで手を振り続けた。
北オセチア共和国、そこはロシアの一部だがロシアじゃない、そして同時に南オセチア共和国もジョージアの一部だがジョージアじゃない、南北で一つの“オセチア”なのだと、この地で生きる人々に実際に会い話をすると切に感じるものがある。
「戦争には負けたかもしれないが真の勝者は日本だ」
報道では南オセチアはロシアによるロシア化が進んでいると言われていたが、実際に訪れると彼らはロシア人ではなくあくまでもオセット人だ。その心にはオセチアの魂が宿っている。
長い歴史の中で宗教・帝国・民族が交錯してきた場所で、これが正しい、これが正義だ、と白黒付けて言い切る事は私には難しいかもしれない。
ジョージア人に言われた事がある。
「もしも日本が中国に領土を取られてここは自分たちの国だ、中国の一部だって言われたらどう思う?」
そう問われると言葉に詰まる。
南オセチアに住む住人の9割はオセット人で、その他はロシア人、カルトヴェリ人(狭義のジョージア人)、ウクライナ人、アルメニア人もいる。ガイドの祖父はオセット人で、祖母はジョージア人だった。
オセット人のある男性が言った。
「日本は広島、長崎と二度も原爆を落とされたが素晴らしい復興を遂げた。アメリカは爆弾を落として家に帰っただけさ。戦争には負けたかもしれないが真の勝者は日本だ」
チェチェンでもほぼ同じ事を言った男性がいた。彼らには武士道を愛し己の抱く信念や哲学に大きく影響を受けているという共通点もあった。
日本とオセチア、こんなにも離れているのに武士道の話が出るなんて不思議な感じがした。新渡戸稲造の武士道が、何カ国語にも訳され世界中で読まれている事を恥ずかしながら帰国後知った。己の無知を恥じ即座に購入した。


