なぜ野党は消極的なのか

どんなに国民や消費者が困っても、自民党が盟友であるJA農協の既得権益に切り込まないことは明白である。これまでも米価が下がると、市場からのコメ買い上げと減反強化でJA農協を助けてきた。

不思議なのは野党である。

国民や消費者を味方にできる絶好のチャンスだと思うのに、コメの値段を下げようという政党はないのだ。中道や国民民主の直接支払いも、今の米価をそのままにして農家に金をバラまこうとするもので、EUのように価格を下げて直接支払いをしようというものではない。

これだけは、私にもはっきりとわからない。論理的ではない、「空気の支配」があるようだ。あえて非論理的な部分を探ると次のようなものだろうか?

与野党が繰り広げた「農業保護競争」の歴史

コメは戦前の1942年から1995年まで戦時統制法だった食糧管理法の下にあった。1968年まで生産者は生産した量すべて(自家消費量を除く)を政府に売り渡す義務が課されていた(法律上は「政府ニ売リ渡スベシ」と規定された)。

その際政府が買い入れる価格が通称“生産者米価”と言われた。高度成長期以降JA農協をはじめとする農業団体は農民春闘だと言ってその引き上げを政府・自民党に強力に働きかけた。69年以降は政府を通じない自主流通米を認めたが、これによって流通するコメはササニシキやコシヒカリという高級米で、政府は奨励金を出して政府買い入れ価格(生産者米価)よりも高い価格が実現できるようにした。つまり、95年に食糧管理法が廃止されるまで、生産者米価がコメ農家の手取りを決めていたのだ。

米価闘争は激しいものがあった。70年代まで、5月ころから米価決定を迎える7月ころまで新聞に米価関連の記事が途絶えることはなかった。政府による米価審議会への米価引き上げ幅が少なすぎるなどとして、農民が同審議会委員のスーツを破ったりしたこともあった。

コメ農家の票が欲しい政党は、農民・JA農協と同調して政府を突き上げた。自民党の中には、政務調査会・農林部会という“正規軍”のほかに、アパッチとかベトコンとか呼ばれるより過激な集団が活動した。野党もこれに同調した。自民党が米価を5%上げろと言うと、日本社会党や民社党は10%だと言い、共産党は15%だと主張するという具合だった。都市型政党である公明党は消費者の立場に立ちそうなのに、地方出身の議員に遠慮して、農業政策は保護主義的だった。

つまり各党とも米価によって農業保護を競い合ったのだ。日本社会党や民社党から立憲民主党や国民民主党に合流した人もいる。食糧管理制度に長年漬かってきた農家も米価が手取りだと思っている人が多い。政治家も農家も慣性の原則によって米価だけが重要だと思っているのではないか。

国会議事堂
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