父親に溺愛されて育ったが…
父親は出世一筋の人ではなく、接待や残業などもあまりしなかった。
仕事を終えるとすぐ帰宅するタイプで、ほぼ毎日、家で夕食をとっていた。
そして、何でも「まあ、まあ、まあ」とアバウトで、いつもニコニコ、そしていい意味でポヤーッとしている人だったという。
名は体を表わすというが、父親は名前からして「大休」という名前であった。
ナマケモノでないはずがない。その名は、あの一休さんよりも立派になるようにと、寺で付けてもらったという。
だが、父親の場合は「“ひと休み”どころか、“おお休み”を実践しているのでは」と感じられるほどだった。
したがって、高市は、父親には怒られたという記憶もほとんどなく、手を上げられたこともなかった。
とにかく遊んでくれた。羽根つきがヘタで、友達に負けてばかりだった高市に、羽根つきの特訓までしてくれた。バレーボールが流行れば、強烈なサーブを伝授してくれた。
父親は、家族に対して唯一、毅然と言い放ち、行動していたことがある。
「選挙に行くのは、国民の義務だ」
普段、デレデレに甘い父親が、その日だけは「遊園地に行きたい」「一緒に遊びたい」という高市の願いを、ガンとはねつけて、選挙に出かけて行った。


