軍国少年だった父の影響
高市は、国会議員として靖国神社にも、たびたび参拝しているが、それは父親の大休の影響もあるという。
「昭和一桁生まれ、軍国少年最後の世代の父親がわたしを映画館に何度か連れて行ってくれたんですが、小学校くらいの時の映画は全部戦争をテーマにした作品ばかり。家の本棚に並ぶ本も、山本五十六や東郷平八郎を主人公とした本が多かった。それから戦争関係の歴史本も多かった。わたしも、父親の影響で、東郷平八郎と山本五十六について書かれたものは読みました」
父親は軍歌も好きだった。早いうちから安月給でやりくりして、良いステレオを購入して、休みの日にはよく聴いていた。
高市も、父親と映画に行くのが好きだった。
ほとんど戦争映画だったので、エンディングはたいてい悲しいシーンだった。戦艦が沈んだり、兵隊が亡くなったり。子供ながらに見終わると悲しくなり、ワンワンと泣くこともあった。
父親は、家族サービスとして高市を連れ出すことにより、好きな戦争映画を観たかったのだろう。
当時は、土曜日も出勤が当たり前だったので、休みは日曜日だけ。近くに映画館がないために、擾原から近鉄に乗って、大阪の難波まで遊びに出た。
映画を観たあとは、近鉄百貨店のレストランでお子様ランチを食べて帰るコースが定番であった。映画で泣き崩れても、レストランで食事をしているうちに、笑顔に戻っていった。
「料理が不得意なのは母親譲り」
父親の大休は、料理も上手だった。母親の和子が残業の時などは、もっぱら父親が腕を振るってくれた。
高市家では家族みんなで共に夕食をとるという決まりがあり、両親のどちらかが遅い時でも揃うのを待って、必ず一緒に食事をとった。
高市が振り返って語る。
「何が美味しかったかというと、あんまり記憶にないですが、時間がない時はすき焼きや鍋物。あとは、肉じゃがや野菜炒め。何でも美味しくつくってくれました。父に比べると、母は料理下手で、言ったら罰が当たりますが、美味しくないうえに時間がかかって、品数が少ないんです。わたしもそれを継いでしまって、要領が悪いんです」

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