毒になる「あたりまえ」には注意
戦後のように、皆が貧しくて仕事も少ない中で、目の前の与えられた仕事を懸命にやっているときも、そこに悩む暇はやはりないでしょう。
悩みが出てくるのは、豊かさが生まれたときといえるかもしれません。
命の危険がなくなり、余裕が生まれてはじめて自分の「あたりまえ」と周りの「あたりまえ」が変わってきます。「あの人のようにはできない」「あんなに幸せな人がいるのに自分は」など、悩みが生まれます。
悩みが出てきて、やりたくないことや、やめたいことが出てきたり、人のことが気になったりするというのは、実は、余裕があるともいえる気がするのです。
だから、人と比べてしまったり、今の自分が嫌になったりするときは、その背後にある豊かさに気づきなさい、ということでもあるような気がします。
一方で、誰かに押しつけられた「あたりまえ」は、心やからだを壊す毒になることもあります。そんな「あたりまえ」はときどき疑ってみることも必要かもしれません。
お店に立ってきた時間がスタッフの誰より長くなった私は、普段から、誰かに自分の「あたりまえ」を押しつけていないかを、自分自身に確認するようにしています。若い人たちの意見や考えを大切に扱うように心がけているのも、この理由からです。
男性にも母の日の花を
ヒルマ薬局の店内には、薬局が求める理想や夢を、絵や写真とともに描いたドリームマップが掲げられていますが、それも、若い薬剤師らのアイデアでスタッフたちが皆で描いたものです。
母の日に一輪のカーネーションをお渡しするちょっとしたイベントも、若いスタッフの提案から始まったもので、もう数年続いています。
女性だけではなく男性にもお渡しするので、「あれ? 僕に?」とおっしゃるお客様もいますが、「あなたにも、お母様がいらっしゃるでしょう?」と伝えると、ちょっと微笑んで受け取られます。ご存命であろうとなかろうと、お母様のことを思い出し、その記憶にひたる母の日も素敵だと思うのです。
当然、コストはかかるものですから、薬局は薬を売るところ、という「あたりまえ」に照らしたならば、不要となってしまうことになるかもしれません。
でも、そんな「あたりまえ」を壊した挑戦は、新しい空気を運びます。誰かのアイデアに向かって一緒に取り組んでみると、心にさわやかな風が吹き込みます。


