2025年に101歳でこの世を去るまで、生涯現役の薬剤師として働き続けた比留間榮子さん。地域の人たちに寄り添い、自身も多くの人に愛されてきた。そんな比留間さんも、ときにはクレームにぶつかることがあった――。

※本稿は、比留間榮子『ほどよくまわり道して生きていく』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。

薬局で薬を購入する高齢男性
写真=iStock.com/AJ_Watt
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まずは自分に気を配る

自分の価値観や正しさを振りかざして説教をしてしまうのは、誰にでも起こりがちなことです。けれども、そこをぐっと抑えることが大切だと思います。

心の中でまず、「あなたはあなたで大丈夫」と伝えるようにすると、不思議と、言葉は多くなくてもよくなります。

自分の心と相手の心の距離を適切に保ちながら、互いを尊重して見つめていきたいものです。人との距離を詰めすぎてしまい、誰かの心配ばかりして自分のことが後回しになってしまうのだとしたら、それは、本当に相手のことを思っているのではないかもしれません。

「こうしてくれたらいいのに」という、相手への期待はないでしょうか。

相手を心配し、気にかけることで、自分の居場所を相手の中に確保したいという思いがあるのかもしれません。

本当は自分が自分にしてあげたいことを、人に助言したり手伝ったりすることで棚上げしていると、心とからだが徐々に疲れてきます。

だから、人のことを気にかける前に、自分のことを気にかける。

いつでも、まずは自分に気を配る。

自分が元気で、安定して、心が豊かなら、自然と相手に声をかけたくなるものです。そのときの声かけは、相手への期待のない、まっすぐな本物のやさしさにあふれているように思います。

「心配してくれてありがとう」

ひと昔前の話です。七十代半ばくらいの男性のお客様が、処方箋を出されて「あとで取りに来るから」と外出されました。ところが、戻ってこられたときには店内が大変に混み合っていて、すぐに薬をお渡しできず、そのことに腹を立てて帰られてしまいました。

お店を閉めてから、私は改めて謝罪をするために、その方のご自宅へ向かいました。玄関先で「もういいから、わかったから」と言われたものの、なぜかそのままではいけない気がして、閉まりかけたドアに杖を挟み、「いいえ、ちゃんと話を聞いてください」とお伝えしました。

落ち度があったことを謝りながら、「なぜ不快に思われたのかを知りたいのです」と、正直な気持ちを伝えました。

するとその方は、数カ月前に奥様を亡くし、ひとりになった寂しさや生活の大変さから、思わず強い口調になってしまったのだと話してくださったのです。

「心配して、ここまで来てくれてありがとう」

その言葉を聞いたとき、「このままにしてはいけない」と感じた自分の感覚を信じてよかったと、心から思いました。

自分の過ちはすぐにきちんと認めること。そのうえで、恐れずに自分の意見を伝えること。その勇気があれば、どんなときも道は開けると信じています。