自分の言葉を「心のくすり」に

最近は、年齢を重ねた人よりも若い人のほうが「疲れた」という言葉を使う傾向があるように感じます。口を開けば、疲れた、だるい、と。もしかしたら、インターネットやスマートフォンの見すぎは、目の疲れや姿勢の悪さ、筋力不足を招いていて、実際に疲れているのかもしれませんね。

今自分が何に疲れているのか、それは、心なのか、頭なのか、からだなのか。少し気を配ってあげる時間をもつといい気がします。自分から自分への問診みたいなものです。そうすれば必要な「くすり」は、見えてくることもあります。

ここでいう「くすり」というのは、きちんと休んで、活動と休息のバランスをとることかもしれませんし、悩みを誰かに相談することかもしれません。からだの不調を取り除く、医療での「薬」のこともあるでしょう。

自分自身にかける、「頑張ってくれてありがとう」が心のくすりになることもあるかもしれません。

自分が発した言葉を一番よく聞いているのは、他の誰でもない自分自身です。

「面倒だ」と言えば、自分の耳がそれを聞いて、からだは余計に疲れてしまいます。「自分はダメだ」と言えば、「ああ、やっぱりダメか」と思ってしまうかもしれません。自分以外の誰かを非難する言葉も、自分のこととして受け止めます。

口に出す言葉は、できるだけやさしく、前向きなものにしたいと思うのです。

必ずどこかに光があるはず

長い人生のうちには、自分の力ではどうしようもないことに直面して、絶望を味わうこともあります。思いがけない不幸や、大変な事件に巻き込まれたり、病気を経験したりすることもあるでしょう。

暗い部屋で落ち込む女性
写真=iStock.com/CHUBU
※写真はイメージです

私が人生の中で直面した絶望的な体験といえば、戦争体験です。

私たち家族が、列車に必死につかまりながら長野まで疎開したのは、東京空襲のわずか2日前のことでした。東京空襲のあの日、長野から見た東京方面の空が赤く染まっていたのを、昨日のことのように思い出します。

空襲後、東京に戻ってきたとき、住んでいた街はすべて焼き払われ、池袋の高台から向こうの海が見えたことの衝撃は忘れられません。

何もない。でも、命がある。家族がいる。

今日を生きていること、それが尊いことだと、そのとき思ったのを覚えています。

終戦後、私たち家族は長野から東京へ戻り、改めて父が焼け野原にゼロから開いたのが、ヒルマ薬局でした。

そんな経験からでしょうか。もうダメだ、にっちもさっちもいかない、というときであっても、必ずどこかに光が残っているはずだ、と思う自分がいます。

生き残ったということは、生かされたのだということ。

そして、今日生かされている人間には、お役目があるのだと思うのです。