結婚4回、死別と離別を繰り返す
それでも、八雲とセツがよねを見捨てなかったのは、よねの人生がどうしようもないほど不幸の連続だったからだ。
東京にまで女中としてついてきたよねは、その後結婚して一児をもうけた。しかし、5年後に夫と子供に先立たれて独り身に。まもなく再婚して二児に恵まれたが、また子供は幼くして相次いで死に、夫も流行病で死んでしまった。
それでも再婚し、今度は養子をもらったが、養子には次々死なれ、夫が肺を患ったのに離縁することに。それでも四度目の結婚をしたが、すぐに妊娠したまま離縁に。しかし、その子供も生まれて間もなく死んでしまった。
結婚4回。死別・離別を繰り返し、子供はことごとく先立たれる。これだけの不幸が一人の人間に降りかかるのか、というレベルだ。そしてよね、泣きながらセツのもとへ。
「夫や子供にはもう飽きました」(*1)
……泣きつく言葉が「疲れました」でも「もう嫌になりました」でもなく、「飽きました」である。
これだけの地獄を生き抜いて、なおこの言語センスである。既に八雲も世を去った頃のことである。さすがに同情したのかセツは、結局また女中として雇うことにした。そしてここで、あの煮魚事件以来の本性が再び顔を出す。達者な口で、方々に触れ回るのだ。
「私は、あの高名な小泉八雲先生に三十年以上ご奉公してきた忠実な女中なんです」(*2)
皿を割り続け、煮魚を横取りし、天井を飛び跳ね、自分から溺れかけ、何度も出入り禁止になった女が、忠実な女中‼ もう無茶苦茶である。
“憎みきれない感情”がにじみ出ている
このことを記す一雄もまた感情が隠せない。
ようは、調子に乗る性格のひどい部分が数々の不幸を経て、年季が入って洗練されているのである。これには一雄も父に倣って「ジゴクジゴク……」というしかない。
でも、これだけ書き連ねながらも、怒りと呆れと、どこか憎みきれない感情が、文章の端々ににじみ出ているのだから不思議である。きっと、よねの巻き起こす騒動や、皿を割る音も、八雲とセツの楽しい家庭には欠かせないものだったからだろう。
なにより、よねが女中をしていることが、十分すぎるほど、怪談である。
(*1)「夫や子供にはもう飽きましたと泣きついてきた」(『父小泉八雲』)
(*2)「是が三十余間永続奉公の忠婢で」(『父小泉八雲』)


