皿や小鉢を割りまくる「ドジっ娘」
一雄は八雲の長男だけあって、奇人変人に並々ならぬ興味を持っているのだが、このヨネは例え明治時代であっても、ほんとにこんな人が実在したのかという変人である。一雄は、その来歴を、こう記している。
もうこの時点でも滅茶苦茶だ。父親は大酒飲みで家庭環境は最悪な不幸な女。小ずるく大きな切り身を取るのは、まあ不幸な育ちということで同情しないこともない。かと思えば、皿や小鉢を割りまくるドジっ娘ぶり。さらに、給料が上がったと喜ぶのはいいが「上蓋を踏破した」とは、床下収納の蓋のところをガッツンガッツン踏みならして踊ったということか?
想像してみよう。八雲やセツが「今月もご苦労様でした」と給金を渡す。
よね、封筒を開ける。予想より多い。
「……!!!!」
叫びながら狂喜乱舞して走り回り、ついには台所の上から、バッタンバッタンと轟音が‼
八雲、思わず目を細める。もともと左目はほぼ見えない。右目だけで、この惨状を見つめる。いったい何を見せられているんだ……もはや苦笑いするしかない。
八雲は「世界一馬鹿」と表現した
しかも、ゲストキャラ的な人物かと思えば、八雲とセツの夫婦の人生にとって欠かせない人物である。というのも一雄はこう記している。
一雄もセツが何度かは出入り差し止めにしたと書いているから、さすがに皿の割りすぎで暇を言い渡したことはあるのだろう。それでも、気がついたら女中に復帰している。いったいどういう生命力なのか。
おまけに、海水浴についてきて溺れかけるとは。本来なら雇い主の子供が危なくないよう見守っているのが仕事のはずだ。
余談だが、戦前の海水浴場は今と違って安全対策が皆無である。ひと夏で数人溺死するのが当たり前という、なかなかに物騒な場所だった。その修羅場を見守るべきよねが、自分から率先して溺れている。
想像してみよう。日本海育ちのよね、生まれて初めて見る真夏の湘南の海。テンションが上がる。波が輝いている。気がついたら走り込んでいる。
「あ、足がつったああああ!!!!」
騒然とする鵠沼海岸。せっかくの休暇に、またしても惨事。八雲、右目だけでその光景を見つめながら、きっとこうつぶやいたに違いない。
「ジゴクジゴク……」
なるほど、そのままではとても朝の連続テレビ小説にできない。

