日本はミステリアスな国
高市早苗首相が誕生した。初の女性首相をめぐる海外の反応は日本のメディアでも報道されているが、的外れなものが多い。
読者の皆さんに理解してほしいのは、海外先進国における日本のイメージが実態とはずいぶん異なる点だ。日本はミステリアスな国であり、実はよくわからないという印象を抱いている外国人はいまだに多い。
それは一般庶民だけでなく、メディアやビジネスマンも同じである。イギリスでも実際に日本人と接触したり、日本に行ったりしたことがある人は少ない。日本人と交流したことがあっても、完全に日本を理解していることにはならない。
言語と国民性が原因である。社交的な欧米人に比べて、人見知りの日本人はオープンなコミュニケーションを好まない。言葉にもバリアがある。何を考えているかがわからないから、“ミステリアスな人々”というイメージを持っているのだ。
東南アジアやアフリカの新興国から欧米に来た人たちは単純明快なコミュニケーションを好む。喜怒哀楽が実にわかりやすい。しかし、日本は違う。行間や空気を読む社会だからである。
日本ではノンバーバル(非言語)コミュニケーションが意思疎通において大きな要素を占める。雰囲気や動作、目線などが重要であることは、時代劇からもわかる。かつては阪東妻三郎、今なら京本政樹。彼らは言葉ではなく“目”で悩殺するのだ。
文化人類学でもよく指摘されるように、日本は“ハイコンテクスト社会”だ。社会を構成する人々が同じような文化や言語、宗教を共有する。阿吽の呼吸で互いの意思を読み取る社会である。
対照的に、意思をストレートに言語化する欧米は“ローコンテクスト社会”と呼ばれる。その背景には、異なる文化や部族との交流が多かった歴史的事情がある。
アフリカ南部の人々は日本人に似ているところがある。私が学生時代から親しいボツワナの農村出身の友人は、「あー」「なっ」といった音だけでコミュニケーションが成り立つ。まるで熟年夫婦のやりとりだ。しかし、世界的にはハイコンテクストな村社会は珍しい。
私がイギリス人の夫に「おーい、お茶」と言っても伝わらない。「申し訳ないですが、粉末を使って緑茶をつくり、カップに入れて私に持ってきてくれませんか」と長々と説明しなければならない。訓練の甲斐あってか、最近は「お茶!」だけで通じるが……。
“抑圧された日本人女性”のイメージとギャップ
欧米が日本に抱く偏見のひとつが、男性優位社会だというものだ。その傾向はビジネスマンに顕著である。
無理もない。日本企業と商談をしたり、共同プロジェクトを進めたりするとき、役職者のほとんどは年配の男性である。女性管理職も増えてきたが、女性が企業の幹部やプロジェクトリーダーであることは稀だ。
女性がいても控えめな態度で、小さな声で話す。男性の後ろでサポート役を果たすことが多い。実際はその女性が会社における“真の実力者”として権力をふるう場合も多いが、外国人には理解できない。
とはいえ、海外のビジネスマンは日本出張で衝撃を受ける。日本で目にする女性たちは決して抑圧などされていない。高級ブティックでショッピングを楽しみ、高級ホテルでランチを食べている。
ファッションも自由で華やかだから、“抑圧された日本人女性”のイメージとギャップがありすぎて面食らってしまう。
海外のオタクは日本のアニメや漫画の作者が男性ばかりだと思い込んでいる。ところが、実際は女性のクリエイターも多い。その事実にも驚愕する。
女性が抑圧されている国であれば、自由な表現活動は難しい。日本人女性は平和で豊かな社会のなかで、欧米と比べても遜色ない自由を謳歌しているのだ。
男性優位社会であるはずの日本から女性首相が誕生したことも驚きだが、それ以上の衝撃が高市首相のキャラクターである。高市首相は日本女性のイメージを完全に覆した。

