忙しい両親と完璧な長姉

北陸地方出身の灰谷さんは、工場を営む両親のもとに生まれた。6歳上と3歳上に姉がおり、忙しい両親の代わりに、上の姉が三女の灰谷さんの面倒を見ていた。

「姉2人はとても仲がよいのですが、私と下の姉はすごく仲が悪くて。上2人が遊んでいても、その遊びについていけなくて、私はいつも仲間外れになっていました」

灰谷さんが仲間外れになっていても、忙しい両親は「我関せず」といった様子だったという。

「父は国立大学卒でしたが、工場を経営していた祖父が病気になってしまい、退学して跡を継いだそうです。借金もあったらしいのですが、懸命に働いて返済し、工場を立て直しました。読書好きな父は、特別教育熱が高かったわけではないですが、子どもたちには文化的な大人に育ってほしいという気持ちはあったようで、その期待に上の姉だけは完璧に応えていました」

上の姉は、何でも要領よくできるタイプの子どもだった。

「両親とも、子どもについては『普通に育ってくれれば十分』といったくらいの、慎ましい希望しかなかったと思います。姉2人はその希望の通り、多少の反抗期はあっても、大きな問題もなく普通に成長しました。特に上の姉は人当たりもよくて裏表がなく、誰にでも好かれていて学校の成績もよく、百人一首の大会で優勝したりしていました。父にとって上の姉はまさに自慢の娘でした。逆に自慢してもらえるようなところが私にはないので、ちょっと羨ましかったですね」

百人一首
写真=iStock.com/akiyoko
※写真はイメージです

期待も信用もされない娘

父親が営む工場を手伝うため、母親は灰谷さんのオムツが取れる前に保育園に預けて働いた。保育園で灰谷さんは、自然に遊びの輪に入ったり、自分から遊びに誘ったりすることができず、孤立した。

小学校に上がると、毎日のように忘れ物や失くし物をして、両親や教師を困らせる。教師と仲良くなろうとしてした言動で、教師を怒らせてしまうこともあった。

「他の同級生と同じように、先生と打ち解けたくて、少しからかったり、冗談を言ったりするのですが、他の子は笑って受け入れてもらえても、自分は怒らせてしまうといった感じで、どう違うのかわからず、途方に暮れてしまうことが多かったです。おそらく、私のふざけ方が異質だったり、範疇を超えていたりしたんだと思います」

家庭内でも、灰谷さんが会話に加わると、両親がため息をついたり、不機嫌になったりすることが気になるようになっていく。

「たとえば家族旅行で民宿に着いた時、『ここペンションみたいだね!』と冗談めかして話しかけたところ、父がイラついた様子を見せ、ため息をつき、長姉から『余計なことを言わなくていいから』とたしなめられたことがありました。何らかの暗黙の了解であったのだと思いますが、いまだに私の何が悪かったのかわかりません」

母親からは、ただ座っているだけで、「ちゃんとしなさい」と苦々しく言われたり、ふざけているつもりはないのに「ふざけるのをやめなさい」と言われたりするように。