なぜ部活終了後3カ月で合格できたのか

とはいえ、本格的な受験準備が始まったのは高3の夏。高校野球が終わってからだ。7月下旬、夏の甲子園の県大会はもちろん本気で仲間と優勝を狙ったが、4回戦(ベスト16)で敗れた。一方で志願書提出期限は迫っていて、すぐに受験にベクトルを変えた。

志望理由書は、「英語を生かして学びたい」とアピールすることにした。それにはもう一つ、インパクトのある海外経験がほしい、と担任の先生と話した。そこで急遽、夏休みの短期留学を探して決行する。

「8月に、自由に申し込んでロサンゼルスにいくツアーがありました。年齢もばらばらな7人が集まりました。17歳もいたし大学3年生ぐらいの人もいたし。元巨人の選手の息子さんがいて、ステイ先は一緒でした。みんなアメリカの大学で野球をすることが前提で、日本の大学志望と言って参加してたのは自分だけでしたけど」

10日間滞在して地元の学生と練習した。現地の人とは無難に英語で話した。ドジャースの試合も1試合、見ることができて大谷翔平が登板してホームランを打つ、という願ってもないゲームを観戦できた。

志望書の“自由記述”の2000字分のA4サイズ2枚は決まった書式がない。美術が得意な友達がいてレイアウトを頼んで作ってもらった。

志望理由書
撮影=清水岳志
志望理由書
撮影=清水岳志

「とにかく何とか2000字書いて、先生やAO経験者の先輩に見てもらって、何回も直しました。将来的に発展途上国で野球普及の活動をしたい、と書きました」

志願書の自由記述に書いた中身を公開

教師側の後押しも熱が入る。提出書類はAO入試の過去の合格者や担任など複数人が文書の添削をしたり、アドバイスしたりする。フォローした教師のひとり、野球部の守屋監督もこう語る。

「提出する志願書は、これ以上はないだろ、というレベルのものを生徒と一緒に作っています。これで落ちたら、教員(自分)の責任みたいでダメージがあります」

そうやって6人に1人しか通過できない1次の書類審査を見事突破して、2次の3対1の面接(30分)に臨んだわけだ。

「志望書をもとに質問されて、『将来、野球の普及って必要あるの』と聞かれたり、物理と野球のデータについて書いたので、『それでほんとにうまくなるの』と聞かれたり。野球部での実績、成績の話は興味を持たれなかったです。

それと、読書しますかと聞かれました。自己啓発系の本を中学の時から好きで読んでいて、過去にも読書の問いはあったようで、対応できるように1冊読んでいて、その話をしました。一橋大学名誉教授・伊予谷登士翁いよたに・としおさんの『グローバリゼーションとは何か』(平凡社)という本です」

慶応AO入試は野球(部活)を前面に出したアピールはあまり意味がないのかもしれない。あくまで環境情報学部の試験。面接官(教授など)によるだろうが、甲子園に出たとか、何本のホームランを打ったとか野球でこんな活躍をしてきた、ということは合否にそれほど影響は与えないようだ。

茅野はこの難関の書類選考をどのようにクリアしたのか。その戦略はシンプルだった。自分の武器である英語を最大限に生かした自由記述の冒頭にこう書いた。

〈幼少期から英語によるコミュニケーション力を磨くとともに海外に目を向けて多様性に触れる経験を多く積んできました。将来は自分が打ち込んできた野球を世界に広めたい。SFC(湘南藤沢キャンパス)で野球の打撃を研究して、醍醐味であるホームランを打つための指導を通して野球の普及に貢献したい〉

最後の結びはこうだ。

〈SFCは国際交流が盛んである。英語のスキルを磨きながら海外の人との交流の機会を多く経験したい。SFCの環境に身を置きながら多様な他者との協働、研究することで自分の視野も広げることが可能である〉

茅野は今、清陵の凍てつくグラウンドで1、2年生たちと練習を続けている。

「大学野球部での活躍も楽しみにしています」

入試の統括責任者からも期待の言葉をもらったという。

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