日本が直面している「危機の本質」
ここで、トランプ2.0の出現を、単なる混乱や例外として理解するのは誤りである。それは世界の終わり(地獄)ではない。むしろ、戦後秩序が抱え込んできた歪みを強制的に露出させるための「煉獄」である。ダンテの『神曲』において、煉獄は罰の場ではない。地獄と天国の間に置かれた、再生のための通過点だ。苦しみはあるが、そこには明確な方向性と意味がある。
我々はいま、二つの巨大な力に挟まれている。一つは、トランプという「燃え盛る火(試練)」。もう一つは、第5章までで見た中国という「静かに浸透する水(支配)」である。この二つの力の間で、日本が直面している危機の本質とは何か。そして、どこへ向かうべきか。
1.日本の「罪」は精神論ではない――構造的怠惰(Acedia)の克服
煉獄の中腹で裁かれる「怠惰(Acedia)」とは、単に何もしないことではない。本来やるべきことから目を逸らし、楽な代替手段に逃げ続けることだ。日本が長年続けてきたのは、まさにこの怠惰である。
円安で価格競争力を保てばよい(質の軽視)。
安全保障は米国に任せればよい(自律の放棄)。
中国とはビジネスだけしていればよい(原則の先送り)。
これは保守でも改革でもない。「決断の先送り」を制度化した国家運営である。トランプ2.0は、この逃げ道を「関税」と「要求」という炎で意図的に塞ぐ。過酷である。だが同時に、これは日本にとって数十年ぶりの構造改革の強制装置でもある。
しかし、我々が目覚めなければならない理由は、トランプの圧力だけではない。我々が微睡んでいる間に、隣人・中国は「孫子の兵法」を現代に蘇らせ、世界を「戦わずして支配する」システムへと書き換えつつあるからだ。
2.「完璧な兵法」の落とし穴――中国が抱える三つの亀裂
中国の戦略は、孫子の「謀攻(戦わず勝つ)」「形(不敗の態勢)」「用間(データ先知)」を完璧に実装した、恐るべき完成度を誇る。しかし、逆説的だが、「孫子の兵法を完璧に実行しようとするあまり、孫子が最も重視した『人間』と『変化』を窒息させている」のが、現在の中国の姿でもある。

