首相官邸は完成当初から「穴だらけ」
私が首相官邸と関わることになったのは、小渕恵三内閣の野中広務官房長官との出会いからだと言ってよい。短期間のうちに野中氏から大きな仕事を任せられることになり、私は国家の危機管理の中枢に引きずり込まれることになった。具体的には情報収集衛星とドクターヘリの実現である。
初対面の野中氏の印象は、初めて会った相手の急所、つまり男性のシンボルをいきなり掴んだという田中角栄流の「手口」を思い起こさせた。私は野中氏を人たらしだと思ったが、事実、野中氏の笑顔には抗しがたい魅力があった。
私たちはたちまち波長が合い、会って半月後の1998年8月、北朝鮮の弾道ミサイル・テポドン1号の発射を受けて偵察衛星導入の議論が巻き起こったとき、野中氏は私の考え方でまとめるよう指示した。現在の情報収集衛星(IGS)はそれが形になったものである。IGSの誕生の内幕は本書の第3章で詳しく述べたい。
首相官邸側と関わりを重ねるうち、2002年3月20日、私は坂本森男内閣参事官から完成間近な首相官邸のセキュリティ・チェックを依頼された。このとき発見された数々のセキュリティ・ホールは2025年現在も放置され、古くて新しい「内なる脅威」として国家国民の安全を脅かしているから本書を書かざるを得なくなったのだ。
専用車の防弾ガラスの厚さも知らない官僚
坂本氏からのメールには「内田総務官と相談いたしまして、小川さんに新官邸を見ていただくことになりました。来週のご都合がよい日時について教えていただきたいと存じます」とある。まだ官邸職員以外には内部を見せていないという。
内閣総務官の内田俊一氏は内閣官房のすべてを取り仕切る責任者、総務官僚の坂本氏は小泉純一郎首相(当時)を支える特命参事官チームのヘッドである。官僚機構の頂点に立つ古川貞二郎官房副長官の許可も得てあるという。知的好奇心をくすぐられる提案だったし、少しでも国家国民の役に立つのであればと、私は坂本氏の申し出を受けることにした。
依頼が来たきっかけは、前年(2001年)に坂本氏と交わした防弾ガラスについての会話だった。
2001年11月、私は出版したばかりの『生物化学兵器ハンドブック』(啓正社、2000年9月刊)を坂本氏経由で小泉首相に渡したおり、坂本氏に首相専用車の防弾ガラスの厚さが何ミリか質した。坂本氏は「知らない」と率直に答え、確かめてくるという。
