「恵まれない幸せ、恵まれる不幸せ」
矢野氏は続けて、次のように述べている。
私の20代は、恵まれたいという一心で必死にもがき続けた10年間でした。
運命の女神を恨み続ける日々でしたが、27歳の頃に参列したある結婚式で京都のお坊さんがこんな話をしていました。「好むと好まざるとに拘らず、これからお二人には艱難辛苦が押し寄せてきます。それを乗り越えたら、きっといい人生が送れるでしょう。人生に無駄なことは一つもありません」と。
その言葉を聞いた時、「何を馬鹿言うんだ。俺の人生無駄しかないじゃないか」と腹を立てましたが、帰りの電車でふと考えてみると、私は人一倍艱難辛苦を与えられたではないか。もしかすると運命の女神に見限られているのではなく、運がいいのかもしれない。
そう思うようになってから、心の霧が晴れ始め、少しずついいことが起こるようになりました。
冒頭に紹介した「恵まれない幸せ、恵まれる不幸せ」という矢野氏の言葉は、まさに自らの経験を踏まえて湧き上がってきた実感そのものなのだろう。
「ないない尽くし」から何ができるか
続いて、読者の皆さんにこんな質問をしてみたい。
たとえば、あなたが靴専門メーカーの社長だったとする。創業からまだ間もなく、知名度はない。資金もなければ、ネットワークも、取引先からの信用もない。
おまけに一般の運動靴は、大手メーカーが多数の職人を擁し、全国に代理店を網の目のように張り巡らせている。
さて、あなたなら、そこから事業開拓の糸口をどのようにして見出すだろうか。ないない尽くしの状況から、一体どのように勝ち筋を見出すだろうか。

