「松江聖人」の名にふさわしい
こうした相互の献身が、二人の間に特別な信頼関係を築いていった。特に八雲を感動させたのは、西田が自分の体調も顧みず、八雲のことを気にかけ続けたことだ。
年が明けた1月17日から22日まで、西田の日記には連日「ヘルン氏ノ病ヲ訪フ」と記されている。
この時期、西田自身の体調は最悪だった。出勤すらできない状態だ。それなのに八雲のもとへ通い続けている。授業に支障はないか。生活に不便はないか。研究で必要なものはないか……。自分が病床にありながら、八雲の心配をする。これが西田千太郎という人間だった。教育者としての使命感か、友情の深さか。おそらくその両方だろう。まさに「松江聖人」の名にふさわしい。
3月に入って体調が回復すると、二人の交流はさらに深まった。西田は時間があれば連日のように八雲宅を訪問。二人だけで寺社仏閣を見学に出かけることも度々だ。
この時期、八雲はすでにセツと夫婦になっている。普通なら新婚家庭に遠慮するものだが、西田にその気配はない。現代でも、新婚家庭で夫が独身の時と変わらず男友達と遊んでばかりいるという問題は起こりがちなもの。八雲のやっていることは、まさにそれ。セツからすれば「妻というより女中扱いでは」と悋気を起こしてもおかしくない状況だ。
だがセツは違った。日中は西田と英語で語り合う八雲。夜になればセツに昔話をせがむ八雲。セツは文句ひとつ言わず、この生活を受け入れた。むしろ自分では相手ができない部分で、夫の知的好奇心を満たす西田の存在を、ありがたく思っていたかもしれない。
「松江の教育を変えたい」という錦織さんの夢が、実現しようとしています。
— 朝ドラ「ばけばけ」公式 放送中 (@asadora_bk_nhk) January 21, 2026
優秀な生徒たちが学べる機会を得られるように、人を育てることに尽くしてきました。
そしてヘブンさんがずっと松江で教師をするために、校長になることを前向きに考える錦織さんです。#トミー・バストウ #吉沢亮#ばけばけ pic.twitter.com/WCuKgRH7aG
「度を越した献身ぶり」への敬意の表れ
実際、セツの実家への援助問題も西田がすべて調整した。セツから見ても、偉い先生なのに威張らず世話を焼いてくれる」と見えたはずだ。まさに「聖人」だ。
そんな西田だが、夏に回復したと油断して八雲と動き回りすぎたのか、秋以降は急激に悪化する。10月、八雲の熊本転任が決まったときには、送別会すら欠席せざるを得ない状態。餞別も満足に用意できず、それを日記で悔やんでいる。1年以上、身を削って尽くした友人を、最後まで見送れない。これほど無念なことがあるだろうか。
そんな無念も含めて西田は、八雲が松江を去った11月15日の日記にこう記した。
普段、淡々と事実だけを書く西田がわざわざ「最も親密」と断言している。
それはそうだろう。西田がやったのは、外国人教師の生活サポートなどという生易しいものではない。妻の実家への金銭援助――他人の家庭の、しかも極めてデリケートな金の問題である。どんなに親しくても、普通は「さすがにそれは……」と躊躇するはずだ。
だが西田は躊躇しなかった。「友人だから」という理由で、ズカズカと踏み込んだ。もはや職務でも何でもない。これはセツも驚く友情を超えた何かだったのだ。
「ばけばけ」の錦織は、ヘブンの松江生活を支える誠実な友人として描かれている。だが史実はそれを超えていた。西田は文字通り、自分の身体を壊してまで八雲に尽くした。松江の人々が「松江聖人」と呼んだのは、その度を越した献身への敬意だったのだろう。
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