NHK「ばけばけ」では、教師の錦織(吉沢亮)がヘブン(トミー・バストウ)の世話を焼くシーンが描かれている。モデルは西田千太郎と言われるが、実際はどうだったのか。ルポライターの昼間たかしさんが、文献などを基に史実をひも解く――。
第38回東京国際映画祭「黒澤明賞」授賞式に出席した吉沢亮=2025年11月3日、東京
写真=Hans Lucas via AFP/時事通信フォト
第38回東京国際映画祭「黒澤明賞」授賞式に出席した吉沢亮=2025年11月3日、東京

朝ドラよりすごい“英語教師の誠実さ”

NHK朝の連続テレビ小説「ばけばけ」。物語も折り返しを過ぎてヘブン(トミー・バストウ)とトキ(髙石あかり)の松江での生活も残り僅かと思うと、いささか寂しさがつのるもの。

これは松江でも同様で、一月初頭に松江を訪れたところあちこちで地元の人から「もう、松江からいなくなっちゃうんだよなあ」と嘆息する声が。街をあげて「ばけばけ」一色、高層マンション(19階)建設反対運動まで八雲を利用している松江の人としては、ドラマは、このままずっと松江にいて最終回を迎えてほしいといったところだろう。

(参考記事:国宝・松江城天守が泣いている…城より高いマンション建設で歴史的価値をみすみす手放す地元自治体の残念さ

高層マンションの建設反対運動に描かれた「小泉八雲」
筆者撮影
高層マンションの建設反対運動に描かれた「小泉八雲」

さて、そんな物語の中で活躍してきたのが、錦織(吉沢亮)だ。ヘブンが松江で暮らせているのも、トキと夫婦になれたのも彼なくしては語れないはず。

そんな錦織の史実でのモデルが、西田千太郎だ。その友情たるや、度を越えたもの。八雲が松江に滞在していた期間、西田はほとんどすべてに尽くしている。しかし、もとより病弱だった西田は、後半、熊本に去る八雲になにもできないほどに、身体を酷使していた……。

ドラマでの錦織のヘブンに対する誠実さは目を見張るものがあるが、史実の西田はそれ以上だった。西田の教え子で、後に演劇評論家となった伊原敏郎は、その人となりを次のように記している。

「教育熱心で、親切で見るからに明るい感じのする、そして物やわらかく愛想よく笑っておられるけれども、その底には犯しがたい威厳のある先生だ」

管理職業務に加えて、あらゆる課目を受け持った

その人格者ぶりに晩年には松江の人々が「松江聖人」と呼ぶほどだったという。結核を病み若くして亡くなったゆえに、文弱なインテリ青年を想像しがちだが、実像は真逆。病弱な身体に、人並み外れた熱量を詰め込んだような人物であったということが窺える。

そうなったのは、西田が置かれた立場も影響している。教員免状を得た後に兵庫県や香川県で教鞭を執っていた西田は、1888年に島根県尋常中学校教頭に招かれた。この招聘は、単に優秀な地元出身者なので招いたわけではない。当時、中学では県の教育行政と中学側の意向とが対立、ついには校長以下、多くの教師が退職し学校運営がガタガタになっていた。その再建策として島根県は地元出身の優秀な教師を集めることに決め、西田のほか数名を招聘したのだ。

こうして教頭として学校運営や予算確保、指導法の改善など管理職としての業務をこなすことになった西田だが、同時に授業も受け持っている。

当時、西田が教えていたのは英語だけではない。歴史、地理、生理、植物、経済などあらゆる課目を受け持った。