若きランナーが夢見る「日本行き」

ケニア人ランナーが日本で活躍し始めると、彼らだけのコミュニティが出来上がっていく。かつて日本で走ったケニア人ランナーが仲介役になり、また新たな仲間を連れてくる。

これから日本で走るランナーからすれば、母国の先輩による紹介という安心感もあるし、同じ地でたくさんの仲間たちが活躍しているのも心強い。実際、日本で走るケニア人ランナーたちは、その大半がケニアでメジャーなSNSであるWhatsAppで繋がっていて、大きなコミュニティを形成している。

泉秀一『アフリカから来たランナーたち 箱根駅伝のケニア人留学生』(文春新書)
泉秀一『アフリカから来たランナーたち 箱根駅伝のケニア人留学生』(文春新書)

その中には、五輪や世界陸上を目指せる実力者たちも存在するが、大半は世界レベルでは戦えない中堅クラスのランナーたちだ。世界トップの才能がなくても、一定の実力があれば安定した生活を長期で実現していける環境が整っているのが日本ルートの最大の魅力なのである。

だからこそ、若きケニア人ランナーは日本行きを夢見る。私自身もケニアで取材する際に、「自分の所属先を探してくれ」と多くのランナーから声をかけられた。ニャフルルの練習場では、トレーニング後に数人のランナーが私のもとにやってきて、「どうすれば日本に行けるのか」と真剣な表情で質問してきた。

自分にはその権限がないと伝えても、私の連絡先を聞いて、「もし日本で僕を受け入れてくれる学校や実業団があったら連絡して欲しい」と頼んできたり、連日、WhatsAppで電話をかけたりしてくる若者もいた。

ケニア人ランナーの「真実」を求めて

当然ながらケニア人ランナーといっても、誰もが世界のトップレベルで戦えるわけではない。そうしたランナーにとって日本は、まさに希望の地のような存在であり、食べていくための数少ない可能性なのだ。できることがほとんどない自らの立場を申し訳なく思いつつ、彼らの熱意と必死さに胸を打たれた。

私は単なる取材者であり、ケニア人ランナーの人生を左右する力など持っていない。彼らもきっと、それを理解している。それでもしかし、彼らにとって私は日本への扉を開く可能性を秘めた存在として映り、つながりを望むのだ。

そうした期待の重さを感じながら、私はこれから日本行きを夢見るランナーたちについて、もっと知りたいと思った。成功者の陰に隠れた、無数の挑戦者たちの物語を追いかけてみたいと強く感じるようになった。

彼らはどのような生活をしているのか。何を背負い、どんな思いで毎日練習を続けているのか。

【関連記事】
トヨタでもサントリーでもない…ハーバード大学経営大学院が教材にする従業員850人の日本の同族経営企業
愛子さまが食べた"開けてビックリ"の駅弁とは…老舗駅弁屋が効率化の時代に「手作り」にこだわり続けるワケ
「牛乳だけ」よりずっと効果的…医師「必ず一緒に摂って」と断言、骨を強くする"スーパーで買える食材"
わが子が勉強しないのは「親のせい」である…「頭のいい子の親」が子供との会話の中で欠かさない4文字の言葉
「お母さん、ヒグマが私を食べている!」と電話で実況…人を襲わない熊が19歳女性をむさぼり食った恐ろしい理由