親子で駅伝ランナーは意外と多い
今日、第102回の箱根駅伝の火蓋が切られる。優勝候補の一角、青山学院大学のエースはマラソンで2時間6分5秒の日本学生記録を持つ黒田朝日だが、彼の父親・黒田将由も法政大学の選手として、箱根駅伝を3回走っている(第77、78、80回大会)。
親子二代での箱根駅伝出場に関しては、2012年12月にベースボール・マガジン社から刊行された『箱根もの知り辞典』で、11組が判明していると紹介されている。第一号は、ともに明治大学の佐原東三郎(第7、8回出場)・節男(第27回出場)父子である。2013年以降も、山梨学院大学元監督の上田誠仁(順天堂大学から第55~57回)・健太(山梨学院大学、第92~94回)父子など、数多くの「親子鷹」が出ている。
最も数奇な運命の「親子鷹」
筆者は「親子鷹」としては4組目だが、最も数奇な運命を辿っている。父(田中久夫)とは姓が違っており、会ったこともなく、彼が箱根駅伝選手だったことも知らずに、大学3年(3区)、4年(8区)と、父とまったく同じ区間を走った。実父と筆者を結び付ける唯一のものが、箱根駅伝であるといっても過言ではない。
筆者が生まれたのは、北海道中北部の炭鉱の町・赤平市である。しかし、両親が離婚することになり、生後7カ月で、同じ空知地区の秩父別という農村の神社に養子に出された。親や周囲の人たちが上手く隠し通したおかげで、大学入学のために自分の戸籍の写しを取るまで自分が養子であることも知らず、30歳になるまで、自分の実の親がどういう人たちかも知らなかった。
“長距離走が速い人では?”という予感はあった
時々、生まれた病院で取り違えられ、実の両親を懸命に探している人のニュースなどを見るが、筆者は実の親を探してみたいとはまったく思わなかった。実の親が誰であろうと自分は自分で、実の親のことを知ったとしても、何かが変わるとは思えなかったからだ。そんなことをする時間があるのなら、本の1ページでも読んだほうがましだと思っていた。ただ長距離走が速い人ではなかったかという不思議な予感だけはあった。
実の親から受け継いだDNAの作用は強力で、誰に勧められたわけでもなく、指導者がいたわけでもないのに、中学校2年生になると一人で秩父別の田舎道を走るようになった。すぐに放送陸上(現・全日本中学校通信陸上)の2000mで北海道3位になり、翌年には全道中学選手権の2000mで優勝、1500mで全国中学ランキング5位になった。
高校1年のときには岩見沢市で開催された全道高校陸上の5000mで3位に入った。このとき、実父・田中久夫が決勝審判員を務めていて、他の審判員たちと違い、一人だけゴール直後の筆者のほうを見ている姿が写真に写っている。社会人になってから、所属大学を超えた箱根駅伝OBたちの集まりなどで実父と同席する機会があったが、筆者はまさか実父がいるとは知らず、向こうは名乗れなかったという。

