ネット配信の本格化で目算が狂う

だが、ほどなく総務省の目算は狂う。

最大の誤算は、映像メディアをめぐる視聴環境の劇的な変化だった。

ネットによる動画配信は、2015年に最大手のネットフリックスが日本に上陸、アマゾンプライムもサービスを開始、U-NEXTの国内勢も健闘し、ネット配信が本格化した。そして、コロナ禍の巣ごもり需要で急拡大、4Kコンテンツも続々投入された。

さらに、スマートフォンの急速な浸透も輪をかけた。第4世代移動通信システム(4G)に続いて2020年には高速大容量の第5世代(5G)の商用サービスが始まり、スマホでストレスなく動画配信を楽しめるようになった。4K映像は大型画面でこそ真価を発揮するが、ネット配信をスマホの小さな画面で見る視聴習慣が広がってしまったのである。

そのうえ、BS4K普及のカギと期待していた東京オリンピック・パラリンピックは、コロナ禍で無観客開催となり、国民的盛り上がりにまったく欠けてしまった。「放送サービス高度化推進協会」(A-PAB)の調査(2021年2月)によると、BS4K・8Kで東京オリンピック・パラリンピックのいずれかを見たという人は全体のわずか2.2%でしかなかった。

テレビのリモコンを操作する女性
写真=iStock.com/Igor Suka
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当初から及び腰だった民放各局

もっとも、民放各局は、当初から及び腰だった。2000年に始まったBSデジタル放送は、20年近く経っても、視聴率は上がらず、スポンサーも少なく、目立つのはテレビ通販番組ばかりで、営業成績も決して良好とはいえない。

そこに、衛星2局目のBS4Kを開局しても、確実に収益を上げられる目算が立たなかったからだ。4Kオリジナルの番組を制作するためには、制作機材や膨大なデータ処理が必要で編集にも時間がかかるなど、多大なコストがかかり、とても採算ベースには乗りそうになかった。

日本民間放送連盟の早河洋会長(テレビ朝日会長)は9月、BS4Kについて「撤退もやむを得ない」との認識を示した。民放界からは「総務省にお付き合いして、大金をドブに捨ててしまった」と、ため息が漏れてくる。

民放BS4K5局は、BS4Kに代えて、4K番組のネット配信について民放共同の動画配信サービス「TVer」の利用や新たなサービスを立ち上げる形での検討を始めたという。

孤軍奮闘するNHK

これに対し、NHKの稲葉延雄会長は同じころ、「4Kコンテンツの制作、BS4K放送に積極的に取り組んでいく考えにまったく変更はない」と強調した。

「公共メディア」を標榜し受信料という安定財源に支えられるNHKならではの物言いで、「4K押せば、いい時間」のキャッチコピーを展開し、孤軍奮闘しているように見える。「BS4KはNHKのNHKによるNHKのための技術」という、やっかみ混じりの皮肉が伝わってくる所以でもある。