警察の中で、変死事案についての事件性を判断する仕事をしているのが検視官だ。元検視官の山形真紀さんは「50歳代男性が自宅で亡くなっていた事案では、腐敗するまで妻と娘に気づかれなかった。家庭内別居状態の夫婦のどちらかの遺体の発見が遅れることは意外によくある」という――。

※本稿は、山形真紀『検視官の現場 遺体が語る多死社会・日本のリアル』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

暗い部屋で途方に暮れた男
写真=iStock.com/kuppa_rock
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異臭がするほど腐っていた50歳代男性の遺体

晩秋のある夜0時過ぎ、不審点の多い通報です。

50歳代男性が自宅で亡くなっており、発見した妻と娘の3人で同居しているとのこと。娘が夜中に「お父さんの部屋から異臭がする」と母親(死者の妻)に相談して、2人で死者の発見に至ったようです。気温が下がりつつある時季に異臭がするほど遺体が腐っていたというのです。

同じ自宅に死者の他に同居人がいながら、なぜ遺体の発見がそれほどまで遅れたのでしょうか。また、死者の年齢なら働いていそうですが、勤務先がもっと早く心配をしても良さそうです。そもそもまだ若いし死因はなんだろう? さまざまな可能性を頭に思い浮かべながら、現場に向かうことにしました。

家族の話では、派遣社員だった死者はもともと慢性心不全を患っていましたが、金銭的な理由と生来の病院嫌いから通院をやめてしまっていたようです。1カ月ほど前から体調不良が悪化し、仕事は休職して部屋に引きこもっていたとのこと。勤務先からの聴取では、死者は真面目だが体が弱く休みがちで、休み始めて最初の1、2週間は電話をしていたが、体調不良が長引きそうなので「元気になったら連絡をください」と伝えて、その後は連絡を取っていなかったとのことでした。

疑問を持たなかった妻と娘

死者が部屋に引きこもり始めた後の生活ですが、トイレや食事の受け取りの時のみ部屋の外に現れ、家族ともひと言ふた言を交わすのみであったようです。

妻は仕事から帰る際などに時折携帯電話で通話をしていたものの、「そういえばここ最近は連絡が取れておらず、姿も見ていなかったような気がするが、これまで電話に出ないこともあったし、以前にも、体調不良で会社を休み1週間以上食事をしなかったこともあった。昼間に自宅にいるなら食事は自分で何とかしているのだろう」と考え、疑問を持たなかったようです。

引きこもっていた死者の隣室でふすま一つ隔てて生活していた娘も仕事で日々忙しく、最近物音を聞かないなとは思いつつ、それまでも1週間以上顔を合わせないことがあったので、とくに心配はしていなかったようです。しかし、この日は寝ようとしたところで異臭がすることに気づき、母親とともに襖を開けてみたとのことでした。

到着した私たちも、署員と一緒に妻と娘から説明を聞きながら、死者の部屋につながる襖を開けてみました。すると、ゴミの山の間から緑色に変色した足が見えてきました。さらに近づくと、ウジがわき腐敗臭が漂い始めた遺体と対面したのです。