ディスレクシア(読字障害)を持つ、高卒のアルミ製品セールスマンだったゲイリー・コーンは、どうやって「ウォール街の王」に上り詰めたのか。ジャーナリストのマルコム・グラッドウェルさんは「ディスレクシアは、もっともいい方向に働けば、そうでなければ埋もれていたスキルを磨かざるをえない状況をつくってくれる」という――。(第2回/全3回)

※本稿は、マルコム・グラッドウェル『David and Goliath 絶対強者をうち破れ』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。

ニューヨークにあるゴールドマン・サックス本社
ニューヨークにあるゴールドマン・サックス本社(写真=2211473abhijithsaravanan/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

小学校で留年、先生を殴って退学

ゲイリー・コーンはクリーブランドの郊外で育った。オハイオ州の北東部だ。家族は電気工事の請負ビジネスをしていた。1970年代で、ディスレクシアが広く診断されるようになる以前のことだ。彼は小学校で1年留年した。読むことができなかったからだ。でも、と、彼は言った。「2年目も、1年目とまったく変わらなかった」

彼には規律の問題があった。「小学校を退学するような形になってしまった」と、彼は説明した。

「先生を殴ったら、やはり退学になるだろう。あれは残念な出来事だった……。虐待を受けていたんだ。先生は、私を自分の机の下に押し込むと、椅子を机のところに転がしてきて、私を蹴り始めたんだ。私は椅子を押し戻して、先生の顔を殴り、部屋から出ていった。4年生のときのことだ」

コーンは人生のその時期を「最悪の時代」と呼んでいた。両親は彼をどうしたらいいのかわからなかった。「あれはおそらく、私の人生でいちばんうまくいかない時期だった。それだけでも、どんなにひどかったかわかってもらえるだろう」

彼は続けた。「私だって、努力しなかったわけではない。むしろ必死にがんばっていた。それなのに、私の努力のほうは誰も見てくれない。むしろみんな、私が自分の意思であえて問題児になっていると考えていた。勉強をさぼり、クラスのじゃまをする」

* ここで指摘しておかなければならないのは、ディスレクシアは読む能力だけに影響を与えるということだ。彼の数字に関する能力は影響を受けなかった。コーンによると、祖父だけは、子ども時代を通じてずっと彼を信じていた。なぜなら、幼いゲイリーが、家業の電気工事請負ビジネスの在庫をすべて覚えていたからだ。