※本稿は、マルコム・グラッドウェル『David and Goliath 絶対強者をうち破れ』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
小学校で留年、先生を殴って退学
ゲイリー・コーンはクリーブランドの郊外で育った。オハイオ州の北東部だ。家族は電気工事の請負ビジネスをしていた。1970年代で、ディスレクシアが広く診断されるようになる以前のことだ。彼は小学校で1年留年した。読むことができなかったからだ*。でも、と、彼は言った。「2年目も、1年目とまったく変わらなかった」
彼には規律の問題があった。「小学校を退学するような形になってしまった」と、彼は説明した。
「先生を殴ったら、やはり退学になるだろう。あれは残念な出来事だった……。虐待を受けていたんだ。先生は、私を自分の机の下に押し込むと、椅子を机のところに転がしてきて、私を蹴り始めたんだ。私は椅子を押し戻して、先生の顔を殴り、部屋から出ていった。4年生のときのことだ」
コーンは人生のその時期を「最悪の時代」と呼んでいた。両親は彼をどうしたらいいのかわからなかった。「あれはおそらく、私の人生でいちばんうまくいかない時期だった。それだけでも、どんなにひどかったかわかってもらえるだろう」
彼は続けた。「私だって、努力しなかったわけではない。むしろ必死にがんばっていた。それなのに、私の努力のほうは誰も見てくれない。むしろみんな、私が自分の意思であえて問題児になっていると考えていた。勉強をさぼり、クラスのじゃまをする」
* ここで指摘しておかなければならないのは、ディスレクシアは読む能力だけに影響を与えるということだ。彼の数字に関する能力は影響を受けなかった。コーンによると、祖父だけは、子ども時代を通じてずっと彼を信じていた。なぜなら、幼いゲイリーが、家業の電気工事請負ビジネスの在庫をすべて覚えていたからだ。

