株式を買ってもらった企業への恩義とともに、残ったものがある。増資の話を、すぐにトップにつないでくれた経理部長たちとの縁だ。彼らは次々に昇格し、社長になった人もいる。互いに組織のなかで地位を上げ、権限が大きくなっていくと、何かを一緒にやれる時機がくる。そんな巡り合わせは、運にも恵まれてのものだが、「これこそサラリーマン冥利だ」と思う。銀行の存亡の危機は、そんな財産も残してくれた。
40歳をはさんで5年近く、頭取の秘書役を務めたときも、多くの出会いがあった。当時の三井海上火災保険(現・三井住友海上火災保険)や三井不動産などの社長秘書ら4、5人とは、勉強会もつくった。各自が親しい秘書仲間を紹介し、東芝やトヨタ自動車などからも加わって、計12人の会となる。以来、2カ月に1度のペースで、続いている。
何人かは悠々自適の生活に入ったが、会えば、話は尽きない。同時代に同様の経験をしたことは大きく、遠慮なく相手の「変節」を突き合うことができる気やすさは、貴重だ。人間は時間と経験を経れば、何かが変化する。そのなかで、大切なものを失ってはしないか、相手の言葉に自戒させられることもある。自らを「定点観測」している場とも言え、学生時代のクラス会に似ている。
仕えた頭取は、銀行の外の人たちと会うのが好きだった。同時に、相手に最も近い「現場」も、よく訪れた。お客のニーズを、正確につかむためだったのだろう。面会に随行していくと、自分からみれば数段も格上の方々との場にも、同席する。トップ同士というのは、どんなことに関心を持ち、どんな会話を交わすのか。独特の「空気」に触れて、学ぶことは多かった。
香港やシンガポール、バンコクなどへいけば、華僑グループの総帥との面談に同席した。先方は、後継者となる息子を連れてくることが多かった。自分と同年代で、いまや、新たな総帥となっている。中国を含むアジアが最大の市場となったいま、とても貴重な人脈で、自力で1から築いていくのは大変だ。自分も、社長になって、そういう面談のときは同様のことを心がけている。「人の育て方」の、大事な1つだ。