オンラインの会話では脳の前頭前野が繋がらない
人と会話をしているとき、脳内ではコミュニケーションに関係するさまざまな領域が活性化します。その中の一つが、内側前頭前野と呼ばれる領域です。この部位は、他者の意図を推測し、気持ちを想像するなど、相手を思いやる働きを担っており、それが「共感」や「共鳴」という感覚の土台となっています。
では、その共感や共鳴とは、脳内でどのような現象として起きているのでしょうか。近年の研究でその正体ではないかと考えられているのが、「脳の同期」現象です。会話中に話し手と聞き手の脳活動に、「揺らぎ」を伴うリズムが生まれ、徐々に同調していくことを指しています。人づき合いの中で「この人とは波長が合う」という表現を比喩として使うことがありますが、実は脳内で起きている「同期」現象こそ、その正体かもしれないのです。
この分野の研究は2000年代にさかのぼります。代表例は、米プリンストン大学の研究者、ウリ・ハッソンらの研究です。「MRI(磁気共鳴画像法)」という大型の装置を使って、コミュニケーション中の脳の状態を計測する実験を行っています。実験では、一人がMRIの中で物語を語り、その録音を聞いた別の聞き手の脳活動を計測。聞き手の脳活動が、語り手の脳活動に少し遅れて同調していくことを発見したのです。
しかし、MRIは巨大な装置の中に一人ずつ入って計測する必要があり、二人が同時に自然な対面会話を行う状況は再現できませんでした。この技術的な制約を乗り越え、より自然な環境で脳活動を捉えるために開発されたのが、「NIRS(近赤外線分光法)」と呼ばれる小型の装置です。NIRSは、日常生活の中でも無理なく装着できるヘルメット型の装置のため、二人の被験者が実際に向き合って会話する際の脳活動を計測できるようになりました。
疑似的な環境ではなく、実際に人と人が対面で会話をしている状況で脳の反応を計測できるようになったことで、「脳の同期」に関する研究が世界中で行われるようになりました。
NIRSを用いた研究によって、対面の会話とオンラインの会話では、脳の活動に明確な違いがあることも見えてきました。私たちのチームが2020年に実施した研究では、NIRSを用いて参加者同士が対面で会話する場合と、オンライン会議システムを通じて会話する場合の脳活動を比較しました。その結果、オンラインでの会話は対面と比べて、前頭前野の「脳の同期」が著しく低下することが明らかになりました。オンラインでの会話では、一人で「ボーッと休憩している状態」とほとんど変わらない程度しか脳の反応が計測されなかったのです。
Zoomなどのオンライン会議ツールは、普及してからまだそれほど年月がたっていません。研究がさらに進んだ場合に、全く違う結果が出てくる可能性もあります。また、テクノロジー自体も進化しています。映画『マトリックス』の世界に出てくるような、限りなくリアルに近いオンラインコミュニケーションが可能になれば、対面と同じような脳の反応が起こる日が来るかもしれません。しかし、少なくとも今の時点においては、「オンライン会議だと議論が深まらない」「脳が働いていない気がする」と多くの人が感じている感覚は、脳科学的にも説明がつくのではないか、ということを研究結果は示しているのです。
なぜ、対面と同じように会話しているはずのオンライン会議では、「脳の同期」が起きにくいのでしょうか。その謎を解く鍵は、言葉以外の「非言語情報」にあります。
コミュニケーションにおける言語・聴覚・視覚の影響力を調査した研究は古く、心理学者のアルバート・メラビアンが1971年に提唱した「メラビアンの法則」が有名です。これによれば、会話で相手に与える影響は「言語情報(話の内容)」が7%、「聴覚情報(声のトーンや口調)」が38%、「視覚情報(見た目や表情、しぐさ)」が55%を占めるとされています。
これは言葉の意味と表情や声のトーンが矛盾しているとき、聞き手がどのように話し手の感情を判断するかを調べた、非常に限定的な研究です。そのため、これらの数値を一般化することはできませんが、感情伝達における非言語情報の重要性を示した点で一定の意義があるといえるでしょう。実際、文字起こしされたテキストだけを読んでも会話のニュアンスがつかみにくいのは、視覚や聴覚の情報が再現されていないためだと考えられます。
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