東大合格を目指した人工知能「東ロボくん」プロジェクトを率いたAI研究者の新井紀子氏が、AIを使いこなすうえで必須という「シン読解力」。その能力は、何歳になっても「トレーニングによって身に付けることが可能」だという。

大人の読解力不足が子どもより深刻なワケ

私は2018年に『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』という本を書きました。しかし、このタイトルが「大人は読めるが、子どもは読めない」と解釈されたのだとしたら、「子どもたち」に申し訳ないことをしたと思っています。AIに日本語を学習させるためのノウハウを応用して開発した「リーディングスキルテスト(RST)」の結果を分析したところ、ホワイトカラーの現役ビジネスパーソンも驚くほど「教科書や新聞を読めていない」ことがわかったからです。

RSTは、教科書や辞書のような「知識や情報を伝達する目的で書かれた自己完結的な文書」の読解力を測定・診断するツールです。21年の春以降、小学5年生以上であれば誰でも受検できるようになり、これまでに50万人以上が受検してきました。現在では多くの企業の新入社員研修や採用試験でも活用されるようになったのですが、その結果から「子どもたちだけでなく、大人たちも読めていない」事実が見えてきました。

「教科書や新聞が読めない」とはどういうことなのか、図表1の2つの問題を例にご説明しましょう。

【図表】「アミラーゼ」問題と「メジャーリーグ」問題
図表1

まず、「アミラーゼ」問題は係り受け(文中の「主語と述語」「修飾語と被修飾語」などの関係性)を正しく読めているかを確認する問題です。正解は「デンプン」ですが、データからは「アミラーゼ」を選ぶ人が多いことがわかっています。これは比較的難易度の高い問題です。

もう一つの「メジャーリーグ」問題は、学力偏差値60くらいの人は正答率50%、偏差値70くらいの人は90%以上正答する問題です。教科書などの「知識や情報を伝達する目的で書かれた自己完結的な文書」には、グラフや図形、概念図などの資料がつくことがあります。これらの資料を正確に読み解けているかを確認するものです。

19年に放映されたテレビ番組『ワイドナショー』(フジテレビ系列)では、著名なベテランフリーアナウンサーが「アミラーゼ」問題に、名物教師役で知られる大御所俳優が「メジャーリーグ」問題に挑みました。お二人とも「流暢な日本語の使い手」として認知されている方ですが、結果はどちらも不正解でした。俳優の方はじっくり考えた末に④「アメリカ合衆国28.0%、ドミニカ共和国35.4%」の図を選んだのですが、問題文には「28%はアメリカ合衆国以外」と書いてあります。つまり、「アメリカ合衆国出身」は「100-28=72」で「72%」ということになります。合致する図は②しかありません。

その方は「問題の日本語がよくない」とぼやいていましたが、番組アシスタントの現役女子高生は2問とも解けていましたし、別の番組では、30代の女性タレントが「メジャーリーグ問題」に正答しているところを見たこともあります。

ベテランのお二人が間違えてしまったのは、「うっかり」や「たまたま」ではありません。アナウンサーのように言葉を操ることを生業なりわいとしている人や、言葉で人の心情に訴えかける力を持つ人などのように「日本語の能力に自信を持つ大人」であっても、RSTで測る能力が高いとは限らないのです。図表2にも大人の正答率24.4%の「係り受け」問題を載せましたので、ぜひチャレンジしてみてください。

【図表】「係り受け」問題
図表2

「読めばわかる」文章をその通りに読めない大人

従来、国語教育では文学や評論の読解力を養うことが目的とされてきました。一方、RSTが測るのは、あくまでも教科書や新聞記事などの「誰でも読めばわかるはずの文章を読む力」です。一般的にイメージされる「読解力」とは意味が異なるため、私はRSTが測る力を「シン読解力」と呼んでいます。

【図表】「シン読解力」とは
図表3

RSTを受検した50万人のデータを検証してわかったことの一つは「シン読解力は従来の学校教育では向上しない」ということです。これはおそらく、国語教育で「行間を読む方略」が繰り返し指導される一方、「書かれていることをその通りに読む方法」については「誰だって真面目に読めばわかるはず」だとみなされ、顧みられてこなかったからでしょう。