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なぜ「桶狭間古戦場」は2つあるのか…信長に急襲された今川義元が向かった先は「沓掛城か大高城か」現地で検証
名古屋市緑区の「桶狭間古戦場公園」に立つ両雄、今川義元像と織田信長像
国土地理院の地図を編集部で加工
園内の木立にひっそりと立つ今川義元の墓
主君とともに討死した今川家重臣・松井宗信の墓。公園西側の高台上、高徳院の墓地内に立つ
公園西、道路を挟んで向かい側斜面の「お化け地蔵」。1853(嘉永6)年、地元に現れる亡霊を鎮めるために尾張藩士により建立された
沓掛城。本丸東側の堀を城内より
同じ堀を城外から。東屋の立つ平地が本丸
本丸と諏訪曲輪間の堀
同じ堀を横から見る(左が本丸、右が諏訪曲輪)。城の遺構は、角度を変えてみると構造的な特徴がよくわかる
大手門より外の曲輪を望む
編集部作成
古戦場公園の庭園は桶狭間の合戦ジオラマの体になっていて面白い。方形の石は各城で、説明板もつく。写真奥に見えるカーブが「おけはざま山」
本丸側面の切岸。自然の断崖をさらに強固にするため削ったものと思われる
二の丸。広大な削平地が広がり、三方が断崖に守られている
二の丸と三の丸間に架かる土橋
土橋の両側には落差5m以上はあろうかという大堀切
三の丸。縁部にはわずかに土塁の盛り上がりも
三の丸外側にも堀切と反り返るような見事な切岸
大高城本丸のナゾ遺構。横堀のように見えるが、曲輪のほぼ中央部の中途半端な位置にあり、妙な形にうねっておりしかも浅い。城の遺構ではないのかもしれない
編集部作成
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