アップルストアではなぜ店員をローテーションさせるのか

創業者でなくとも顧客や現場の動きを注視していれば、いろいろなアイデアが生まれてくる。

たとえばアップルである。iPod、iPhone、iPadと斬新な製品を次々に発売する同社が差別化された盤石なコア事業を持っているのは言うまでもない。強固な社内理念を持ち、主要製品のテストや実験においては経営陣が最後まで関与するなど、「譲れない一線」も数多く存在する。

ここまではよく知られた話だが、実は同社にはこれらのほかにもう1つ、他社が真似できない強みがある。それは多種多様な、顧客からのフィードバック収集システムである。顧客の反応の吸い上げ経路は、主なものだけでも4通りあり、そこから得られたデータはストア内はもちろん、全社で共有、解析している。

あるとき、顧客満足度において抜群の高スコアを挙げている修理依頼の窓口があることが判明した。理由を探ったところ、そこではフロントで接客している人とバックヤードで修理をしている人を頻繁にローテーションしていた。なぜそんなことをしていたのか。責任者によれば、きっかけは他愛のないことだった。バックヤード担当の、豊富なスキルと知識がある人がフロントに来ると、顧客と会話しながらその場で製品を直してしまうケースがままあった。そうすると、修理時間は短くなるばかりか、愛用する製品についてあれこれ話せて楽しいという客が多くなり、自然にスコアが上がったのである。

一方、フロントの接客係がバックヤードにまわると、これまで顧客から直接故障内容をさんざん聞いてきただけに、潜在的なニーズにこたえられるよう、修理方法を臨機応変に変えることができた。これがまた顧客の高い評価につながったという。アップルが単店から吸い上げたこのやり方を全社に広めたのは言うまでもない。

なんだ簡単なことじゃないか、とお思いだろうか。しかしこれと同じことが同じレベルでできていれば、日本のメーカーもここまで苦しまなくてもすんだであろう。日本の会社の強みは、多くの場合、製造業を中心に組み立てられている。典型的なものを挙げれば、現場のエンジニアによって実現される高品質、低コスト。ここで競争優位を築いてきたのだが、今後は顧客との接点から得られる情報を体系的に読み解き、自分たちのやり方を点検し、改めていく力がより求められるようになるだろう。

企業が大きくなり、事業を拡大していくにつれて、創業者時代には何よりも大切にされていた顧客との接点におけるやりとりがおろそかにされがちになる。顧客の側から見たときに、何が求められるかを読み解く仕組みが確立されていますか、と経営者に問うと、うちではこんなにたくさん調査をやって、データもとっていますというケースが多いのだが、そのデータはおどろくほど現場で活用されていない。「官僚目線」で、データをとることが目的化している。