「なぜ、この時期に社長を辞めるのですか」ときかれることがあります。会社を立て直すのがあなたの役目じゃないかというのです。しかし私の考えは違います。
経済危機といっても1~2年という短期の問題です。これを乗り越えてホンダはなんとしても成長を続けていきたい。伊東をトップとする新しい執行部は、この厳しい時期を乗り切ることでチームワークを固めるでしょう。堅固なチームワークは2~3年後に経済が上向いたときの爆発力につながります。
私が陣頭指揮をとり続けても危機突破はできるでしょうが、その後の成長を考えると若いメンバーに託したほうがいいのは明らかです。だから、あえてこの時期に社長交代に踏み切ったのです。
少し話を戻しましょう。不況突入が明らかになってから機敏な対処を行えたのは、湾岸戦争直後の不況を経験していたからです。クルマの販売額が落ちて工場の稼働率が下がると、自動車会社はどういう厳しい環境におかれるのか。このことを私は肌で感じています。だから、投資には慎重になっていたのです。
クルマがどんどん売れるのに生産が間に合わない。そんな場合でも、ホンダは思い切って設備投資することを控えてきました。むしろ少しずつ投資をします。そのために機会損失、いわゆる「儲けそこない」はあるかもしれませんが、反対に需要が急減して逆回転を始めたらこんなに怖いことはないのです。
もちろんホンダは同じような危機を過去何度も経験しています。「小さく産んで大きく育てろ」という言葉が社内に残っているくらいですから、ホンダの人間はみんな持っている感覚だと思います。
工場設備や人件費といった固定費負担がたいへん大きいのは自動車会社の宿命です。稼働率が落ちれば利益率は極端に下がります。生産能力が大きいほどマイナスの影響も甚大です。
一時期「400万台クラブ」という言い方が自動車業界では流行りましたが、いま苦しんでいるのはまさに年間生産量400万台以上の会社であり、利益を出しているのは比較的小ぶりな会社です。とくに経済が厳しいときは、図体が大きくないほうがいいのです。
ただ、景気は必ず回復します。いまの見通しでは、09年半ばに底を打ち、後半からは少し上向きになると期待しています。しかし、それとは別に、自動車産業をめぐる環境ががらりと変わるという見通しを私は持っています。