昨年私がコンサルティングに入った自動車ディーラーでの出来事です。
2年前に納めたお客様のお車が、事故により前方が大破した状態で運ばれてきました。前輪は左右が全く別々の方向を向いてしまい、修理は不可能ではないにしても新車と同じ精度を出すことができる状況ではありませんでした。幸いなことに乗っていたお客様にけがはなく、保険も掛けられていたので、担当の営業スタッフは保険金を元に新車へのお乗り替えをお勧めしました。一般的にディーラーでは、このような大きな事故で修理費用が新車の購入金額に近い場合、多少の持ち出しが発生しても新しいお車をお勧めするのが通常なのです。
このお客様のお宅にも、事故後の処理と合わせて何度か伺い、今後の方針を話し合いました。しかし担当の女性営業スタッフを通して返ってくる答えは「修理したい」という言葉。ちなみに修理金額は、新車車両価格のおよそ80%であり、通常であれば「よほどの理由」がない限り安全性を考えても修理はしない方向になることが多い事例。
ある夜、お客様のお宅から帰ってきた営業スタッフからヒアリングをしました。この手の場合、「よほどの理由」がなければほぼ乗り替えになるんだけど、何か理由があるのかな? と尋ねると、お客様がこのお車をご購入された際に資金が足りず、同居していたお父様と半分ずつ資金を出し合って購入されたとのこと。そのお父様が1年前に亡くなられ、お父様の遺志が入っている大切なお車なので、ぜひ元通りにしたいと。
しかしプロの目から見れば、前輪の車軸とそれを支えるボディ部分が歪んでしまっていて、決して元通りにはならず、万が一の際に真っ直ぐ止まる保障はない状況です。それでもお客様はとりあえず形さえ直ればというお考えで、悩んだ営業スタッフが一度お店に戻り、相談しようということになったのでした。
この場合、このお車がお客様にとってはお父様の大切な形見です。ですがそこに固執すると今度はご自分も危ない。何とかしてあげたい……。
そこで、「形見の品物を事故を起こされたお車から外してお客様にお届けしてみては?」と提案。翌日担当営業スタッフが、部品の一部をお客様のお宅にお届けしました。「これをお父様の形見にしてください」と。
するとあれほど頑なだったお客様が、玄関先でその部品を見るなり大粒の涙を流しながら男泣きし、目の前にいる担当営業スタッフに、あなたの気配りに感動しましたといってお乗り替えをご決断されました。
小さくてもお客様の琴線に触れる気配りであれば感動を呼び起こすことができると、改めて知らされた出来事でした。