「つぶやき」を受けて全員会議
とはいえ、たいへんなのはここからだった。
岸田はそもそも販売促進の担当者だ。新製品が出るたびに、担当する文具店などでの「売り方」を考え、現場に出ていき指導やお願いをするのが仕事である。今度はそのかたわら、まるで経験のない商品開発を進めなければならないのだ。
直接の担当者は岸田だけ。手間がかかるうえ、周囲には誰も「プロ」がいないという、はなはだ心許ないスタートだった。
だが、そんな環境のなかで、岸田は3カ月をかけ年齢や職業などさまざまな属性の男女100人ほどに1時間ずつ「遺言書のニーズ」を聞いて回った。さらに、インターネットを通じて1000人ほどのアンケート調査も実施し、製品のコンセプトを固めていったのである。
それを可能にしたのが、当時の「東口チーム」が取り入れていたコミュニケーションの手法であった。
岸田が所属していたのは福田健司(43歳)がグループリーダーをつとめる総勢6人のユニットである。
メンバーは毎朝、当日の自分の行動予定を電子メールの形でグループ全員に送付する。予定を共有することで組織プレーの精度を高めるのが狙いである。
メールは基本的に時間と場所、目的などを羅列するだけだ。しかし、メンバーによっては末尾に1言2言の「つぶやき」を加えることがある。
「悩んでいることがあって、みんなに聞いてもらいたいなというときに、さらりと書くんですよ」と岸田はいう。たとえばこう書いた。
「いまヒアリング対象者を探しています。『30代主婦』が見つからないんですよね……」
それを読んだメンバーが「あの人の奥さんに頼んでみたら?」と直接アドバイスをくれることも珍しくなかった。商品企画が佳境に入ったころには、岸田の「つぶやき」を受けてグループリーダーの福田が全員を集めて知恵出しのための会議(ブレーンストーミング)を設けることもあったという。