峠の外れにある公民館を改修したデイサービス

江森さんは、峠の外れにある、使われていない公民館を改修。小規模宅老所、いわゆるデイサービスとして「峠茶屋」を開設。「峠茶屋」という名前には、人生の厳しい峠を乗り越えてきた高齢者が、最後の安らぎの場として「ここらで一服してほしい」という願いを込めた。江森さんの退職金の約半分を投資した「峠茶屋」の理念は、「住民が主人公、主体は利用者」が理念だ。

撮影=清水美由紀
はじめて開所した通所介護施設・宅老所「峠茶屋」の看板の前で。宅老所には「一服どうぞ」の意味も込めた

当時はまだ「認知症」という言葉が一般的ではない時代。高齢になり認知症状が出てきた人は、「変な人」「困った人」として扱われていた。家族はそんな認知症高齢者を周囲から隠そうとするが、当の本人は外に出たがる。その行き違いが、さまざまな軋轢を生み、困り果てる家族も少なくなかった。自宅では見きれないのでデイサービスを、と思っても、そこに通わせていることを周囲に知られたくないと考える家族が多かったのも、状況を悪化させていた。そんなときに人目につきづらい峠の外れにできたのが、峠茶屋だった。

「最初の1カ月こそ利用者がゼロで、どうなることかと思いましたが、徐々に口コミで増えていくように。誰にも知られず通わせられるから、というご家族が多かったですね」

ここから江森さんの介護にかける人生が本格的にスタートする。認知症高齢者に向き合うことは、「毎日がドラマの連続だ」と江森さんは言う。

頑固者で村では嫌われ者で通っていたある高齢者は、その気性の荒さにどの施設からも断られるほどだった。峠茶屋で預かってくれないか。そんな相談に、江森さんは「もちろん、いいですよ」と即答する。

「利用者を増やしたいという、経営の切実な部分もありましたが、何よりもどんな人にも寄り添いという気持ちが強かったですね」

混乱と不安のさなかにある高齢者に根気よく寄り添ううちに、高齢者自身が穏やかに変化していく。

「峠茶屋に通うようになって、あのじいさんがすっかり穏やかになった、って噂になるくらい。そして、そんな私たちの姿勢を地域の人たちはちゃんと見ていてくれた。今の私たちがあるのも、住民から支えてもらってきたからです」